潮目天満神社 - 神社ファン

有名度

前頭

潮目天満神社

しおのめてんまんじんじゃ

長崎県南松浦郡新上五島町七目郷144番

長崎県南松浦郡新上五島町七目郷144番

鳥居と石段

Goldend1979(wikipedia パブリック・ドメイン)

かんたんご利益

  • 学業
潮目天満神社には

「学業・技芸系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

受験合格 学問成就

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

天満・天神系

です。
他に 「えびす系」 「不明(1柱)」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

潮目天満神社は長崎県南松浦郡新上五島町に鎮座する神社。御祭神は菅原道真公、天穂日神、事代主神、近藤角左衛門翁の4柱をまつる。
七目郷には、かつて天満宮と潮目宮の2社が鎮座していた。天満宮は元禄3年(1690年)9月の創建とされる。万治2年(1659年)から元禄3年(1690年)にかけて、有川・魚目海境論争があり、有川村の大庄屋であった江口甚右衛門と、七目村の小頭であった近藤角左衛門が江戸公訴に奔走した。
元禄3年(1690年)5月、近藤角左衛門は江戸公訴三番登りの帰路に太宰府天満宮を参拝し、公訴成就の御礼を捧げて菅原道真公の分霊を勧請した。同年9月、現在の宮地に奉祀したことが天満宮の起こりと伝えられる。
一方、潮目宮の創建年代は不詳である。近藤角左衛門は有川湾で初めて網漁を行った人物とされ、有川・魚目の漁夫の元祖として伝えられている。また、海境論争では江口甚右衛門を助け、江戸公訴にも尽力したとされる。
潮目宮では、角左衛門が開発したしびら網に用いた三枚網羽を御神体とし、事代主命を勧請して奉斎したと伝えられる。角左衛門の死後、事代主命の社殿を再建した際には角左衛門の霊も合祀され、「潮目恵美須」の神号を奉って有川湾の祭神としたという。
明治41年(1908年)1月9日、神社合祀令により天満宮に潮目宮が合祀され、社号を潮目天満神社と改めた。これにより、菅原道真公、天穂日神、事代主神、近藤角左衛門翁をまつる神社となった。
潮目天満神社は七目郷字宮の下の宮地に鎮座する。近年には潮目宮の社殿が再建され、裏山に鎮座していた金刀比羅神社も合祀されたと伝えられる。
祭礼では、10月8日と9日の例祭に有川神楽が奉納される。有川神楽は国の選択無形民俗文化財に選択された五島神楽の一つである。主な祭礼として、2月9日の祈年祭、10月8日・9日の例大祭、11月9日の新嘗祭が行われている。
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BD%AE%E7%9B%AE%E5%A4%A9%E6%BA%80%E7%A5%9E%E7%A4%BE