風治八幡宮 - 神社ファン

有名度

前頭

風治八幡宮

ふうじはちまんぐう

福岡県田川市魚町2−30

福岡県田川市魚町2−30

拝殿

Keichiku (wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 安全
  • 厄除
風治八幡宮には

「仕事系」「安全系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

五穀豊穣 殖産工業 厄除開運 交通安全

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系」 「ワタツミ系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

風治八幡宮は福岡県田川市に鎮座する神社。御祭神は應神天皇、仲哀天皇、神功皇后、海津見神、豊玉姫命、玉依姫命の6柱をまつる。
社格は旧郷社。
風治八幡宮は、古くは伊田大神と称し、海津見神を祀る地主神であったと伝えられる。社伝によれば、神功皇后が三韓出兵の際に筑紫から穴門豊浦へ向かう途中、この地で暴風雨に遭遇した。神功皇后は社前の大石に腰を掛け、佩いていた太刀を献上して天神地祇と伊田大神に祈願したところ風雨が鎮まり、無事に豊浦へ至ったと伝えられている。
弘仁5年(814年)6月には大旱魃が発生し、五穀が枯れようとしたため、郡司が伝教大師に伊田大神への祈念を依頼した。祈願の後に雨が降り、作物は豊かに実ったという。
その後、弘仁8年(817年)に伊田宮山へ社殿が造営された。神威を後世に伝えるため社名に「風」の字を加えて風宮と称し、あわせて蓮台寺と長松寿院が建立されて神宮寺となった。
元禄元年(1688年)には、小倉藩主小笠原氏から「風治」の社号を贈られ、以後は風治八幡宮と称するようになった。
境内には神功皇后御腰掛石と伝わる大石が残されている。また、本殿は第61回式年遷宮後の伊勢神宮土宮の古殿舎を移築復元したものである。
例大祭は毎年5月第3土曜日と日曜日に斎行され、川渡り神幸祭が行われる。川渡り神幸祭は永禄年間(1558年~1570年)に伊田村で疫病が流行した際、氏神に終息を祈願し、その成就に感謝して始まったと伝えられる。現在は福岡県指定無形民俗文化財第1号となっている。
祭りでは風治八幡宮の大神輿が出御し、11台の幟山笠が彦山川へ入り神幸を行う。大神輿は大正9年(1920年)に登場し、平成21年(2009年)に大改修が行われた。高さ約12mの幟山笠は五色のバレンをなびかせながら川を進み、前後の車輪を浮かせて大きく揺らす「がぶり」が奉納される。
  • 郷社
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神社詳細

公式URL

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出典
公式サイト
http://fuuji.net/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E6%B2%BB%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE