日招八幡大神社 - 神社ファン

有名度

前頭

日招八幡大神社

ひまねきはちまんだいじんじゃ

愛媛県松山市保免中1-1-18

愛媛県松山市保免中1-1-18

拝殿

CT-May(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

日招八幡大神社以外にも 日招八幡宮 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 健康
  • 子供
  • 安全
日招八幡大神社には

「健康系」「子供系」「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

病気平癒 安産 交通安全

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

宗像・厳島系」 「八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

日招八幡大神社は愛媛県松山市に鎮座する神社。御祭神は市杵島姫命、湍津姫命、田心姫命、品陀和気命、息長帯姫命の5柱をまつる。
社格は旧郷社。
日招八幡大神社の創建は、崇峻天皇2年(589年)と伝わる。国司の越智益躬が筑紫国の宗像大社から比咩大神を勧請し、門島の森に祀ったことが始まりとされる。創建当初は門島比咩神社、または門乃神社と称したと伝えられている。
大同年間(806年から809年)には、大納言雄友卿が痘瘡を患い、当社で病気平癒を祈願したとされる。その後、雄友卿が平癒したことから、神社は伊予痘瘡神社として崇敬を集めたと伝わる。
仁寿元年(851年)には神位を授けられた。さらに元慶2年(878年)には八幡神を合祀し、門島座石清水八幡宮と称した。宗像三女神を祀る神社に八幡神の祭祀が加わり、八幡宮としての信仰も広がった。
元暦元年(1184年)には、佐々木三郎盛綱、または佐々木四郎高綱が守護として伊予国へ入ったと伝わる。砥部の森山氏、荏原の大野氏との戦いでは、戦の途中で日没が迫ったため、佐々木方が当社へ祈願したとされる。その後、日が留まったという伝承が残り、この出来事から社号を日招八幡宮に改めたと伝えられている。
明治5年(1872年)には郷社に列した。近代社格制度のもとで地域の神社として位置づけられ、保免の地で祭祀が続けられてきた。
平成12年(2000年)には火災によって本殿と拝殿が焼失した。その後、平成26年(2014年)から再建工事が進められ、平成27年(2015年)4月20日に新殿祭、4月21日に遷宮祭が斎行された。さらに同年5月9日には竣工奉告祭が行われ、再建された社殿であらためて祭祀が営まれるようになった。
現在の本殿は流造で、火災後に再建された社殿である。境内では10月6日に例大祭、10月7日に神幸祭が行われ、地域の祭礼として受け継がれている。
  • 郷社
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%8B%9B%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%A4%A7%E7%A5%9E%E7%A4%BE
愛媛県神社庁
http://ehime-jinjacho.jp/