桑原八幡神社 - 神社ファン

有名度

前頭

桑原八幡神社

くわばらはちまんじんじゃ

愛媛県松山市畑寺町440番

愛媛県松山市畑寺町440番

拝殿

CT-May(wikipedia CC0)

桑原八幡神社以外にも 三島神社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 仕事
  • 勝負
桑原八幡神社には

「仕事系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
他に 「三島・大山祇系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

桑原八幡神社は愛媛県松山市に鎮座する神社。御祭神は誉田別尊、足仲彦尊、息長足姫尊、姫大神、大山祇神、雷神、高龗神の7柱をまつる。
社格は旧郷社。
創建年代は確認できない。社伝では、桑原村古宮に姫大神が鎮座し、履中天皇の勅願所であったと伝えられている。久米国造が大宮司となり、その子孫が代々神職を務めたとされる。
貞観元年(859年)4月、八幡宮が合祀された。延久5年(1073年)、源頼義によって松山八社八幡の二番社に定められ、社殿が再建された。寛治2年(1088年)には、神社が現在地へ遷座した。
元弘3年(1333年)8月、河野通村が社殿を再建した。文中3年(1374年)4月には兵火によって神宝や社記が焼失したが、天授2年(1376年)8月、河野通定が再び社殿を再建した。さらに天文11年(1542年)8月には、河野通康によって主社殿が再建された。
寛永12年(1635年)12月にも社殿の再建が行われた。万治2年(1659年)、松山藩初代藩主の松平定行が東野に隠居所を構えた際、桑原八幡神社を祈願所に定めた。松平定行は鼓1個と紋付提灯を奉納し、祭祀の際には忌竹を献納したと伝わる。
延宝7年(1679年)5月には社殿が再建され、正徳5年(1715年)8月には石鳥居が建立された。昭和52年(1977年)2月1日には三島神社が合祀され、現在の祭祀へと受け継がれている。
本殿は神明造で、神紋には左三つ巴が用いられている。境内には三島神社合祀後の由緒も伝えられており、複数の信仰の歴史が重ねられてきた。
年中行事としては、1月1日の歳旦祭、7月31日の夏越祭、10月6日の例大祭、10月7日の神幸祭などが行われる。桑原八幡神社は、松山八社八幡のうち「桑原八幡」として二番社に数えられ、河野氏や松山藩主松平家の崇敬を受けながら現在まで伝えられている。
  • 郷社
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神社詳細

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文化財

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建築

本殿 神明造

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%91%E5%8E%9F%E5%85%AB%E5%B9%A1%E7%A5%9E%E7%A4%BE