有名度
前頭上位沼名前神社
ぬなくまじんじゃ
広島県福山市鞆町後地1225番地
広島県福山市鞆町後地1225番地

Saigen Jiro(wikipedia CC0)
沼名前神社以外にも 鞆祇園宮 とも呼ばれます。
かんたんご利益
- 健康
- 仕事
- 学業
- 子供
- 安全
- 家庭
沼名前神社には
「健康系」「仕事系」「学業・技芸系」「子供系」「安全系」「家庭系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
海上安全 漁業繁栄 家内安全 病気平癒 学業成就 安産
御祭神
主祭神
大綿津見命 おおわたつみのみこと
相殿神
須佐之男命 すさのおのみこと
神社系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
沼名前神社は広島県福山市に鎮座する神社。御祭神は大綿津見命、須佐之男命の2柱をまつる。
社格は式内社であり、旧国幣小社、現在は別表神社。
社伝では、起源を仲哀天皇2年に伝える。神功皇后が西国へ向かう途中に鞆の浦へ立ち寄り、海路の安全を祈って大綿津見命を祀ったという。帰途にも鞆へ立ち寄り、大綿津見命に航海の無事を感謝して、弓を射る際に腕につける稜威の高鞆を奉納したとの伝承が残る。
平安時代に編纂された『延喜式』神名帳には、備後国沼隈郡の神社として沼名前神社の名が記されている。その後、沼名前神社の社名は失われ、近世には鞆の渡守社を式内社沼名前神社にあてる考証が行われた。一方、鞆には須佐之男命を祀る祇園社が鎮座し、鞆の産土神として信仰を集めていた。
渡守社は慶長年間(1596~1615)に祇園社の境内へ移されたと伝えられる。江戸時代には福山藩主水野氏から奉納が行われ、2代藩主水野勝重は寛永2年(1625)に石鳥居を寄進した。3代藩主水野勝貞の時代には渡守社の社殿が再建されたと伝わり、伏見城にあったとされる能舞台も水野家から奉納された。
明治4年(1871)、沼名前神社は国幣小社に列せられた。明治8年(1875)には祇園社と渡守社が合併し、『延喜式』神名帳に記された沼名前神社の社名を称するようになり、大綿津見命と須佐之男命を祭神とした。
境内の能舞台は国の重要文化財である。伏見城にあったと伝わる組立式の能舞台で、福山藩初代藩主水野勝成が幕府から拝領し、その後、水野勝貞の代に神社へ奉納された。桁行1間、梁間1間、切妻造、妻入、こけら葺で、部材には組み立てのための番号や符号が残る。元文3年(1738)には固定式へ改められ、昭和28年(1953)に国の重要文化財に指定された。
境内には、水野勝重が寛永2年(1625)に寄進した石鳥居、水野勝貞が慶安4年(1651)に寄進した石燈籠、鞆港の仲仕らが力比べに用いて奉納した力石なども残る。祭事では、2月のお弓神事と7月のお手火神事が福山市の無形民俗文化財に指定されている。お手火神事では大手火に火が移され、氏子衆が燃え盛る大手火を担いで大石段を上る。
社格は式内社であり、旧国幣小社、現在は別表神社。
社伝では、起源を仲哀天皇2年に伝える。神功皇后が西国へ向かう途中に鞆の浦へ立ち寄り、海路の安全を祈って大綿津見命を祀ったという。帰途にも鞆へ立ち寄り、大綿津見命に航海の無事を感謝して、弓を射る際に腕につける稜威の高鞆を奉納したとの伝承が残る。
平安時代に編纂された『延喜式』神名帳には、備後国沼隈郡の神社として沼名前神社の名が記されている。その後、沼名前神社の社名は失われ、近世には鞆の渡守社を式内社沼名前神社にあてる考証が行われた。一方、鞆には須佐之男命を祀る祇園社が鎮座し、鞆の産土神として信仰を集めていた。
渡守社は慶長年間(1596~1615)に祇園社の境内へ移されたと伝えられる。江戸時代には福山藩主水野氏から奉納が行われ、2代藩主水野勝重は寛永2年(1625)に石鳥居を寄進した。3代藩主水野勝貞の時代には渡守社の社殿が再建されたと伝わり、伏見城にあったとされる能舞台も水野家から奉納された。
明治4年(1871)、沼名前神社は国幣小社に列せられた。明治8年(1875)には祇園社と渡守社が合併し、『延喜式』神名帳に記された沼名前神社の社名を称するようになり、大綿津見命と須佐之男命を祭神とした。
境内の能舞台は国の重要文化財である。伏見城にあったと伝わる組立式の能舞台で、福山藩初代藩主水野勝成が幕府から拝領し、その後、水野勝貞の代に神社へ奉納された。桁行1間、梁間1間、切妻造、妻入、こけら葺で、部材には組み立てのための番号や符号が残る。元文3年(1738)には固定式へ改められ、昭和28年(1953)に国の重要文化財に指定された。
境内には、水野勝重が寛永2年(1625)に寄進した石鳥居、水野勝貞が慶安4年(1651)に寄進した石燈籠、鞆港の仲仕らが力比べに用いて奉納した力石なども残る。祭事では、2月のお弓神事と7月のお手火神事が福山市の無形民俗文化財に指定されている。お手火神事では大手火に火が移され、氏子衆が燃え盛る大手火を担いで大石段を上る。
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神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
例祭
元旦祭 1月1日
お弓神事 2月第2日曜
祈年祭 2月17日
例祭 5月2日
大祓式 6月30日
お手火神事 7月第2日曜の前夜
夏祭(神幸祭) 7月第2日曜
夏祭(還幸祭) 7月第3日曜
秋祭(渡守神社例祭) 9月第3月曜前の金~日曜
新嘗祭 11月23日
月首祭 毎月1日
月次祭 毎月14日
お弓神事 2月第2日曜
祈年祭 2月17日
例祭 5月2日
大祓式 6月30日
お手火神事 7月第2日曜の前夜
夏祭(神幸祭) 7月第2日曜
夏祭(還幸祭) 7月第3日曜
秋祭(渡守神社例祭) 9月第3月曜前の金~日曜
新嘗祭 11月23日
月首祭 毎月1日
月次祭 毎月14日
文化財
沼名前神社 能舞台
国 重要文化財
建造物 昭和28年11月14日指定
建造物 昭和28年11月14日指定
沼名前神社 鳥居
広島県 重要文化財
建造物 昭和32年2月5日指定
建造物 昭和32年2月5日指定
沼名前神社石とうろう
福山市 重要文化財
建造物 昭和42年1月31日指定
建造物 昭和42年1月31日指定
能面並びに箱類【翁面1面、面箱(蓋共)1個、外箱(蓋共)1個】
福山市 重要文化財
工芸品 昭和42年1月31日指定
工芸品 昭和42年1月31日指定
千種作神楽筒
福山市 重要文化財
工芸品 昭和42年1月31日指定
工芸品 昭和42年1月31日指定
鞆ノ津の力石
福山市 有形民俗文化財
文化財種別不明 平成12年9月22日指定
文化財種別不明 平成12年9月22日指定
お弓神事
福山市 無形民俗文化財
文化財種別不明 昭和46年3月31日指定
文化財種別不明 昭和46年3月31日指定
お手火神事
福山市 無形民俗文化財
文化財種別不明 昭和48年3月31日指定
文化財種別不明 昭和48年3月31日指定
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
公式サイト
http://www.tomo-gionsan.com
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%BC%E5%90%8D%E5%89%8D%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
広島県
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/bunkazai/
福山市
https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/63787.html
広島県神社庁
https://www.hiroshima-jinjacho.jp/
[書籍]ご利益めぐり全国神社誌
巖谷小波・神社神徳研究会、展望社、1997年
http://www.tomo-gionsan.com
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%BC%E5%90%8D%E5%89%8D%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
広島県
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/bunkazai/
福山市
https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/bunka/63787.html
広島県神社庁
https://www.hiroshima-jinjacho.jp/
[書籍]ご利益めぐり全国神社誌
巖谷小波・神社神徳研究会、展望社、1997年
