波波伎神社 - 神社ファン

有名度

前頭

波波伎神社

ははきじんじゃ

鳥取県倉吉市福庭654番

鳥取県倉吉市福庭654番

拝殿

Saigen Jiro (wikipedia CC0)

かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 家庭
  • 勝負
波波伎神社には

「健康系」「仕事系」「家庭系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

豊漁 商売繁盛 五穀豊穣 病気平癒 家内安全 武運長久

御祭神

八重事代主命 やえことしろぬしのみこと
天稚彦神 あめわかひこのかみ
下照姫神 したてるひめのかみ
少彦名神 すくなひこなのかみ
建御名方神 たけみなかたのかみ
味耜高彦根命 あじすきたかひこねのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

えびす系」 「不明(3柱)」 「少彦名系」 「諏訪系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

波波伎神社は鳥取県倉吉市に鎮座する神社。御祭神は八重事代主命、天稚彦神、下照姫神、少彦名神、建御名方神、味耜高彦根命の6柱をまつる。
社格は式内社であり、旧県社。
創建年代は明らかでない。波波伎神社は、倉吉市福庭の太平山北西麓に南面して鎮座してきた。延長5年(927年)成立の延喜式神名帳には、伯耆国河村郡の小社「波波伎神社」として記載される。
祭神の事代主神に関しては、国譲りの際に天逆手を打ち、青柴垣に籠った場所を当社とする伝承がある。さらに、当社西方の「ワタラガヒ」と呼ばれる地に上陸し、この地方の開拓に関わったとする伝承も伝わる。
中世以前の詳しい社史は限られるが、波波伎神社は伯耆二宮として信仰を集めた。天文12年(1543年)には雷火により焼失したと伝わる。その後は小祠として存続し、寛永5年(1628年)に産子の伊藤孫左衛門によって再建されたとされる。
明治2年(1869年)には郷社に列した。明治10年(1877年)5月には、産子の福井善十郎の発願により現在の本殿が建立された。本殿は三間社流造で、明治10年の建立とされる。
波波伎神社の社叢は、昭和9年(1934年)5月1日に国の天然記念物に指定された。境内の森林はシイを中心とする原生林で、スギ、タブ、ケヤキ、モミなどの大木が見られる。倉吉市の資料では、シイ、タブノキ、ツバキなどが高木・亜高木・中低木の三層構造をなす林叢とされる。
境内には県指定史跡の福庭古墳がある。指定日は昭和31年(1956年)5月30日である。例祭は10月13日である。毎年1月10日には恵比寿祭が行われる。
  • 県社
  • 式内社(不明)
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%A2%E6%B3%A2%E4%BC%8E%E7%A5%9E%E7%A4%BE