アヂスキタカヒコネ
あじすきたかひこね
- 神話・伝説
- 男神・男性

萩野由之 - 博文館(少年日本歴史読本)

玉蘭斎貞秀(神佛図會)
祭神ランキング88位
アヂスキタカヒコネとは?
アヂスキタカヒコネは記紀神話などに登場する男神である。『古事記』では阿遅志貴高日子根神、阿遅鉏高日子根神《あぢしきたかひこねのかみ》など、『日本書紀』では味耜高彦根神などと記される。大国主と宗像三女神の一柱であるタキリビメの子で、シタテルヒメの兄に当たる。『古事記』では迦毛大御神《かものおおみかみ》とも称される。
国譲りのため地上へ遣わされながら使命を果たさずに亡くなったアメノワカヒコの葬儀では、弔問に訪れたアヂスキタカヒコネが、姿が非常によく似ていたためアメノワカヒコの遺族から「死者が生き返った」と間違えられた。アヂスキタカヒコネは死者と見なされたことに激怒し、剣で喪屋を切り倒し、足で蹴り飛ばした。『古事記』ではこの剣を大量《おおはかり》、別名を神度剣《かむどのつるぎ》といい、『日本書紀』では大葉刈《おおはかり》と記される。その後、妹のシタテルヒメが歌を詠み、訪れた神がアヂスキタカヒコネであることを人々に知らせた。
記紀ではアヂスキタカヒコネとアメノワカヒコは明確に別の神であり、アメノワカヒコは妹シタテルヒメの夫に当たる。一方、二神が非常によく似た姿として描かれることから、本来は同一の神格から分化したのではないかとする説もあり、穀物の死と再生や太陽の衰退と復活を象徴する神話として解釈されることもある。
神名の「スキ」を農具の鋤と結びつけ、農耕や穀物の生育に関わる神とみる説がある。また、雷や蛇との関係を指摘する説もあり、農耕や五穀豊穣に関わる神として信仰されてきた。
『古事記』ではアヂスキタカヒコネを「迦毛大御神」と称しており、賀茂・鴨の信仰と深い関係を持つ神である。ただし、京都の上賀茂神社に祀られる賀茂別雷命など、他の賀茂系の神々と直ちに同一神とすることはできない。
アヂスキタカヒコネは、高鴨神社(奈良県御所市)、土佐神社(高知県高知市)、阿遅速雄神社(大阪府大阪市)などで祀られている。
エピソード
『古事記』では、アヂスキタカヒコネは大国主とタキリビメの間に生まれた。タキリビメはアマテラスとスサノオの誓約によって生まれた宗像三女神の一柱で、沖津宮に祀られる女神である。二柱の間には、アヂスキタカヒコネと妹の高比売命が生まれた。高比売命は、のちにシタテルヒメの名で登場する。
アヂスキタカヒコネについて、『古事記』は迦毛大御神《かものおおみかみ》と呼ばれる神であると特記している。「大御神」は神々の中でも高い尊崇を受ける神に用いられる称号であり、アヂスキタカヒコネが古代の賀茂氏にとって特に重要な神だったことを示している。
奈良県御所市の葛城地方には、賀茂氏の祖神を祀る高鴨神社が鎮座する。賀茂氏は葛城地方を本拠とし、のちに各地へ広がった氏族とされ、アヂスキタカヒコネの信仰も各地へ伝えられた。ただし、賀茂・鴨を名乗る神社の祭神は一柱ではなく、賀茂別雷命、事代主神などを祀る系統もある。
アヂスキタカヒコネは神話の中で国造りや国譲りを直接行う神ではない。しかし、大国主の子であり、天つ神の系譜を母方に持ち、さらに迦毛大御神と称されたことから、国つ神と天つ神をつなぐ高い神格を持つ神として信仰されたのである。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、國學院大學 古典文化学事業「阿遅志貴高日子根神」「多紀理毘売命」
高天原から国譲りの使者として遣わされたアメノワカヒコは、地上でシタテルヒメと結婚し、八年たっても使命を果たさなかった。高天原から様子を確かめるために送られた雉を射殺すると、その矢が高天原から投げ返され、アメノワカヒコ自身に当たって亡くなった。
遺族は喪屋を建て、アメノワカヒコの葬儀を行った。そこへシタテルヒメの兄であるアヂスキタカヒコネが弔問に訪れる。二柱は姿が非常によく似ていたため、アメノワカヒコの父や妻は、死んだ神が生き返ったと思い込み、アヂスキタカヒコネの手足に取りすがった。
アヂスキタカヒコネは、親しい友であったため弔問に来たのに、自分を穢れた死者と間違えるとは何事かと激しく怒った。そして腰に佩いていた十掬剣《とつかのつるぎ》を抜き、喪屋を切り倒したうえ、足で蹴り飛ばした。『古事記』では、この喪屋が美濃国、現在の岐阜県に飛んでいき、喪山《もやま》になったとする。また、喪屋を切った剣を大量、別名を神度剣と記している。
この神話は、アヂスキタカヒコネがアメノワカヒコとして復活した話ではない。生きている神と死者を明確に区別し、死の穢れを退ける強い生命力を示した物語である。その激しい力から、厄除け、災難除け、生命力を授ける神としても信仰されている。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、國學院大學 古典文化学事業「阿遅志貴高日子根神」「天若日子」
アヂスキタカヒコネが喪屋を切り倒して立ち去ろうとした後、妹のシタテルヒメは、訪れた神の名を人々へ知らせるために歌を詠んだ。歌では、天上で首飾りを織る乙女、その首飾りに連なる玉、二つの谷を渡って輝くアヂスキタカヒコネの姿が詠まれている。
『日本書紀』では、アヂスキタカヒコネが葬儀へ現れた際、その姿が華やかに照り輝き、二つの丘と二つの谷の間を照らしたと記される。シタテルヒメの歌にある二つの谷を渡る姿も、遠くまで光を放つ神の姿を表したものと考えられている。
この歌は夷振《ひなぶり》と呼ばれる歌謡の起源とされる。シタテルヒメは、兄の名を直接告げるだけでなく、その光り輝く姿を歌によって示したのである。古代には、神の名を明らかにすることは、その神の本質や霊力を示す重要な行為だった。
アヂスキタカヒコネを雷神や農耕神とする信仰も、この輝く姿と無関係ではない。雷は光と音を伴い、雨をもたらして作物を育てる。記紀本文がアヂスキタカヒコネを直接雷神と呼ぶわけではないが、光り輝く神としての姿と、賀茂の農耕信仰が結びつき、雨や五穀豊穣をもたらす神として受け止められるようになった。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』、國學院大學 古典文化学事業「阿遅志貴高日子根神」「下照比売」
奈良県御所市の高鴨神社では、アヂスキタカヒコネを主祭神として祀っている。神社が鎮座する葛城地方は、古代に賀茂氏が活動した土地であり、高鴨神社は賀茂氏の祖神を祀る重要な神社とされる。『延喜式神名帳』では名神大社に列し、古くから朝廷の崇敬も受けた。
高鴨神社では妹のシタテルヒメや、その夫であるアメノワカヒコも祀られている。神話ではアメノワカヒコの葬儀をめぐって激しく怒ったアヂスキタカヒコネだが、神社では同じ物語に登場する三柱がともに鎮まっている。
高知県高知市の土佐神社では、アヂスキタカヒコネと一言主を祭神として祀る。両神はいずれも大和国、現在の奈良県の葛城地方と深く関わる神であり、賀茂氏をはじめとする人々の移動によって、土佐国へ信仰が伝えられたと考えられている。土佐神社では古くから土佐国の総鎮守として崇敬され、農業、産業、開運、交通安全などの信仰を集めてきた。
アヂスキタカヒコネの神名にある「スキ」を農具の鋤と結びつけ、土地を開き、田畑を耕す神とする説もある。神名の解釈は一つに定まらないが、葛城と土佐の両地で地域開発や農耕を支える神として祀られたことが、現在の五穀豊穣や産業振興の神徳につながっている。
出典・参考:高鴨神社公式サイト、御所市観光公式サイト「高鴨神社」、土佐神社公式サイト「御祭神・由緒」
出典文献
古事記
日本書紀
神格
ご神徳
別称・異称
あじすきたかひこねのかみ
古事記
迦毛大御神かものおおみかみ
古事記
阿治志貴高日子根神あじしきたかひこねのかみ
古事記
阿遅志貴高日子根神あじしきたかひこねのかみ
古事記
味耜高彦根神あじすきたかひこねのかみ
日本書紀
味秬高彦根神あじすきたかひこねのかみ
先代旧事本紀
味鉏高彦根神あじすきたかひこねのかみ
先代旧事本紀
高彦根たかひこね
先代旧事本紀
阿遅須伎高孫根命あじすきたかまごねのみこと
延喜式
阿治須岐託彦根命あじすきたかひこねのみこと
延喜式
阿遅須伎神あじすきのかみ
延喜式
阿遅鋤高日子命あじすきたかひこのみこと
出雲国風土記
阿遅須枳高日子命あじすきたかひこのみこと
出雲国風土記
阿遅須伎高日古尼命あじすきたかひこねのみこと
播磨国風土記
味鉏高彦根尊あじすきたかひこねのみこと
土佐国風土記 逸文
味好高比子根命あじすきたかひこねのみこと
その他
味鋤高彦根命あじすきたかひこねのみこと
その他
味須岐高彦根命あじすきたかひこねのみこと
その他
阿遅志貴高彦根命あじしきたかひこねのみこと
その他
祀られている主な神社
日光二荒山神社
(栃木県日光市山内2307)
日光二荒山神社 中宮祠
(栃木県日光市中宮祠2484)
日光二荒山神社 奥宮
(栃木県日光市中宮祠二荒山)
都都古別神社
(福島県棚倉町棚倉字馬場39)
都々古別神社
(福島県棚倉町八槻大宮224)
