有名度
小結日光二荒山神社 奥宮
にっこうふたらさんじんじゃ おくみや
栃木県日光市中宮祠二荒山
栃木県日光市中宮祠二荒山

Saigen Jiro (wikipedia CC0)
日光二荒山神社 奥宮は、中宮祠から片道3~4時間かかる男体山の山頂に鎮座し、岩肌が広がる神域に佇む特別な聖地です。境内には二荒山大神の銅像が立ち、眼下には雄大な景色がひらけ、天空に近い祈りの場であることを実感させます。登拝の先に広がる清らかな風と開放感が、心と身体を浄めてくれる神社です。
かんたんご利益
- 恋愛
- 仕事
- 子供
日光二荒山神社 奥宮には
「恋愛系」「仕事系」「子供系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
庁
良縁 商売繁盛 安産 子授け
御祭神
大己貴命 おおなむちのみこと
田心姫命 たごりひめのみこと
味耜高彦根命 あじすきたかひこねのみこと
神社系統
この神社の主な系統は
「二荒山系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
日光二荒山神社(奥宮)は栃木県日光市にある神社。主祭神は大己貴命、田心姫命、味耜高彦根命の3柱。
社格は式内社(名神大社)の論社、下野国一宮。別表神社、旧国幣中社。 世界遺産「日光の社寺」の一部。
正式名称を「二荒山神社」という。宇都宮二荒山神社との区別のため地名を冠して呼ばれる。かつては「日光三社権現」とも呼ばれていた。日光東照宮の西奥に本社が、中禅寺湖畔に中宮祠がある。
下野国の僧・勝道上人が767年に二荒山(男体山)の神をまつる祠を建てた(のちの本社)あと男体山の登頂に挑戦した。このときは悪天候に見舞われて失敗し、781年に再挑戦するも同様に失敗。翌782年ついに登頂に成功し、山頂に奥宮を建立したという。この登山の様子は空海の『性霊集』に詳しく書かれている。
奥宮の近くでは奈良時代にさかのぼる祭祀場の遺跡が出土していて、「男体山頂遺跡」と呼ばれている。これは勝道上人が登頂するより前から男体山が聖地であり、祭祀がいとなまれていたことを示している。これらの貴重な出土品は多くが重要文化財になっており、中宮祠の宝物館で見ることができる。また山頂には神剣がおごそかに天に向かって突き立っていて、登山者を迎えてくれる。
社格は式内社(名神大社)の論社、下野国一宮。別表神社、旧国幣中社。 世界遺産「日光の社寺」の一部。
正式名称を「二荒山神社」という。宇都宮二荒山神社との区別のため地名を冠して呼ばれる。かつては「日光三社権現」とも呼ばれていた。日光東照宮の西奥に本社が、中禅寺湖畔に中宮祠がある。
下野国の僧・勝道上人が767年に二荒山(男体山)の神をまつる祠を建てた(のちの本社)あと男体山の登頂に挑戦した。このときは悪天候に見舞われて失敗し、781年に再挑戦するも同様に失敗。翌782年ついに登頂に成功し、山頂に奥宮を建立したという。この登山の様子は空海の『性霊集』に詳しく書かれている。
奥宮の近くでは奈良時代にさかのぼる祭祀場の遺跡が出土していて、「男体山頂遺跡」と呼ばれている。これは勝道上人が登頂するより前から男体山が聖地であり、祭祀がいとなまれていたことを示している。これらの貴重な出土品は多くが重要文化財になっており、中宮祠の宝物館で見ることができる。また山頂には神剣がおごそかに天に向かって突き立っていて、登山者を迎えてくれる。
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