八上神社 和歌山県 - 神社ファン

有名度

前頭

八上神社

やかみじんじゃ

和歌山県西牟婁郡上富田町岡1382番地

和歌山県西牟婁郡上富田町岡1382番地

鳥居

KMR(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

八上神社以外にも 八上王子 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 仕事
八上神社には

「仕事系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

伊勢・神明系

です。
他に 「八幡系」 「年神系」 「八王子系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

八上神社は和歌山県西牟婁郡上富田町に鎮座する神社。御祭神は天照大御神、誉陀和気命、大年神、天忍穂耳命の4柱をまつる。
社格は旧村社。
八上王子は、田辺から八上峠を越えた山裾に所在する。『熊野御幸記』には「ヤカミ王子」と記され、天仁2年(1109年)の藤原宗忠『中右記』には、田辺から山を越えて「新王子社」に奉幣したことが記されている。この「新王子社」は八上王子に比定されている。
『西行物語絵巻』には、西行法師が熊野詣の際、八上王子の瑞垣に和歌を書き付ける場面が描かれている。絵巻には本殿や拝殿も描写されており、鎌倉時代における王子社の社殿の様子を示す資料となっている。
江戸時代においても社名は八上王子社であった。聖護院門跡の峯入行事では、帰路に三栖から八上王子に向かって誦経する習わしがあったと記されている。明治元年(1868年)の神仏分離により八上社と改称され、明治5年(1872年)に八上神社と定められた。明治6年(1873年)4月には村社に列した。
明治41年(1908年)11月には、一村一社の神社合祀により岩田神社へ合祀されたが、大正4年(1915年)11月に分離され、旧地に復社した。大正5年(1916年)12月には幣帛料供進社および会計法適用社に指定されている。
八上王子跡は、「熊野参詣道 中辺路」の構成資産として国指定史跡に含まれている。
例祭は11月23日に行われる。上富田町岡の秋祭りでは、「おへさん」「おばなち」「おへさんをさす」と呼ばれる行事が伝わる。「おばなち」は健康祈願および悪病除けの行事であり、岡地区の各字から小学校低学年の女児が参加し、幣や供物を神前へ進める。
  • 村社
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神社詳細

摂末社・境内社

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E5%8D%81%E4%B9%9D%E7%8E%8B%E5%AD%90_(%E7%94%B0%E8%BE%BA%E5%B8%82%E3%83%BB%E4%B8%8A%E5%AF%8C%E7%94%B0%E7%94%BA)
和歌山県神社庁
https://wakayama-jinjacho.or.jp/