大江神社 大阪府 - 神社ファン

有名度

前頭

大江神社

おおえじんじゃ

大阪府大阪市天王寺区夕陽丘町5-40

😞 🙁 😐 🙂 😄

大阪府大阪市天王寺区夕陽丘町5-40

拝殿

KENPEI(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

大江神社以外にも 乾社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 仕事
  • 厄除
大江神社には

「仕事系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

公

開運厄除 衣食住守護 諸業繁栄

御祭神

豊受大神 とようけのおおかみ
素戔嗚尊 すさのおのみこと
大己貴命 おおなむちのみこと
少彦名命 すくなひこなのみこと
欽明天皇 きんめいてんのう

神社系統

この神社の主な系統は

「伊勢・神明系」

です。
他に 「祇園・須佐系」 「出雲・オオナムチ系」 「少彦名系」 「不明(1柱)」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

大江神社は大阪府大阪市天王寺区に鎮座する神社。御祭神は豊受大神、素戔嗚尊、大己貴命、少彦名命、欽明天皇の1柱をまつる。
社格は旧郷社。
大江神社の歴史は、四天王寺との関係の中で伝えられている。伝承によれば、聖徳太子が四天王寺を建立した際、その鎮守として設けられた四天王寺七宮の一つとして創建されたとされ、天王寺北村の産土神として豊受大神を祀ったという。ただし、創建年を明確に示す史料は確認されておらず、創建時期は不詳である。
中世以降、大江神社は神仏習合のもとで毘沙門堂を伴う社として存続した。四天王寺の乾の方角に位置することから「乾の社」とも呼ばれ、境内には如意山神宮寺が置かれていた。祭祀は四天王寺の僧徒によって営まれていたと伝えられ、寺院勢力と密接に結びついた信仰の場であった。
幕末から明治期にかけての神仏分離により社の姿は大きく変化する。慶応3年(1867年)に社名を現在の「大江神社」に改め、明治期には神宮寺と毘沙門堂が廃され、神仏習合の体制は解かれた。さらに明治40年(1907年)には小儀神社や上之宮神社などが合祀され、地域の信仰を集める神社として再編された。
近代に入ると、1945年(昭和20年)の大阪大空襲によって絵馬堂と神器庫を除く主要な社殿が焼失し、大きな被害を受けた。戦後の復興により、1963年(昭和38年)に本殿と拝殿が再建され、現在の社頭景観が整えられた。
現在の境内では、昭和38年(1963年)再建の本殿と拝殿が参拝の中心となっている。境内には絵馬堂や神器庫のほか、日吉稲荷神社や大江護国神社などの社が祀られている。また、毘沙門堂跡に関わる狛虎は境内の特徴として知られ、古い阿形の虎と、2003年(平成15年)に奉納された吽形の虎が並び立っている。
  • 郷社
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神社詳細

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出典
公式サイト
http://www.ooejinja.net/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B1%9F%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%B8%82)
大阪府神社庁
https://www.osaka-jinjacho.jp/