敷地神社(わら天神) - 神社ファン

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敷地神社(わら天神)

しきちじんじゃ(わらてんじん)

京都府京都市北区衣笠天神森町10

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京都府京都市北区衣笠天神森町10

拝殿

Yanajin33(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

敷地神社(わら天神)以外にも わら天神 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 子供
  • 厄除
  • 家庭
敷地神社(わら天神)には

「子供系(有名)」「厄除・開運系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

安産 子授 家内安全 災難厄除 開運必勝 心願成

御祭神

主祭神

木花開耶姫命 このはなのさくやびめのみこと

配祀神

天日鷲命 あめのひわしのみこと

配祀神

栲幡千千姫命 たくはたちぢひめのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

浅間・サクヤビメ系

です。
他に 「不明(2柱)」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

敷地神社(わら天神)は京都府京都市北区に鎮座する神社。御祭神は木花開耶姫命、天日鷲命、栲幡千千姫命の3柱をまつる。
社格は旧村社。
創祀年代は明らかでない。古くは山城国葛野郡衣笠村の北山に北山の神が祀られていた。天長5年(828)、京都で大雨や地震が発生した際、淳和天皇が北山の神に幣帛を奉ったことが『類聚国史』に記されている。
天長8年(831)、北山に氷室が設けられ、その夫役を担うため加賀国から人々が移住した。移住した人々は加賀国で崇敬していた菅生石部神の分霊を勧請し、北山の神の西隣に祀った。また、菅生石部神の母神とされた木花開耶姫命を祭神とした。
応永4年(1397)、足利義満が西園寺家の北山第を譲り受けて北山殿を造営すると、旧社地への参拝が不便となり、北山の神と菅生石部神を祀る社を合祀して現在地へ遷座した。遷座後は、菅生石部神社の通称であった敷地神社を社号とした。北山殿は後に鹿苑寺となり、金閣が残されている。
応仁の乱などによって社殿は荒廃したが、その後は仮社殿を設けて祭祀が続けられた。弘化4年(1847)に社殿の大規模な補修が行われ、昭和10年(1935)にも改修された。
わら天神宮の通称は、神饌を稲藁で編んだ籠に入れて供えていたことから生まれた。籠から抜け落ちた藁を妊婦が安産を願って持ち帰るようになり、後に藁を切り取って安産守として授与するようになった。現在も安産祈願の信仰を集め、授与された藁に節があれば男児、節がなければ女児が生まれるという伝承がある。
境内には本社のほか、六勝神社、大山祇神社、八幡神社、綾杉明神が鎮座する。六勝神社は伊勢、石清水、賀茂、松尾、稲荷、春日の神々を祀った六所神社を前身とし、明治6年(1873)に境内へ遷座した。八幡神社は明治40年(1907)に衣笠氷室町から遷座した。綾杉明神は樹齢千数百年と伝えられた綾杉の霊を祀る。綾杉は明治29年(1896)8月の暴風で倒れ、残った幹を覆って現在も奉斎されている。
春季大祭は4月第1日曜日に斎行され、北山お弓祭の大弓奉的や神輿、稚児の渡御が行われる。秋季大祭は10月26日に斎行され、大蔵流茂山千五郎社中による狂言が奉納される。
  • 村社
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神社詳細

正式名称

敷地神社

公式URL

摂末社・境内社

摂社 六勝稲荷神社
祭神不明
末社 大山祇神社
大山祇神
おおやまつみのかみ
末社 八幡神社
応神天皇
神功皇后
比売大神
ひめのおおかみ
末社 綾杉明神
綾杉明神
御神木

例祭

神幸祭 4月第1日曜日

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://waratenjin.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%B7%E5%9C%B0%E7%A5%9E%E7%A4%BE
京都府神社庁
http://www.kyoto-jinjacho.or.jp/