長等神社 - 神社ファン

有名度

前頭

長等神社

ながらじんじゃ

滋賀県大津市三井寺町4-1

滋賀県大津市三井寺町4-1

楼門

くろふね(wikipedia CC 表示 3.0)

かんたんご利益

  • 恋愛
  • 仕事
  • 学業
  • 子供
  • 安全
  • 厄除
  • 勝負
長等神社には

「恋愛系」「仕事系」「学業・技芸系」「子供系」「安全系」「厄除・開運系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

悪疫退治 縁結び 五穀豊穣 除災招福 知恵 繁栄 海運 諸芸上達 恋愛成就 安産 武運

御祭神

主祭神

建速須佐之男大神 たてはやすさのをのおおかみ

主祭神

大山咋大神 おおやまくいのおおかみ

主祭神

市杵島姫大神 いちきしまひめのおおかみ

主祭神

宇佐若宮下照姫大神 うさわかみやしもてるひめのおおかみ

主祭神

八幡大神 やはたのおおかみ

神社系統

この神社の主な系統は

祇園・須佐系」 「日吉・山王系」 「宗像・厳島系」 「不明(1柱)」 「八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

長等神社は滋賀県大津市に鎮座する神社。御祭神は建速須佐之男大神、大山咋大神、市杵島姫大神、宇佐若宮下照姫大神、八幡大神の5柱をまつる。
社格は旧県社。
長等神社の起源は、天智天皇6年(667年)に近江大津宮への遷都が行われた時期、長等山の岩座谷に建速須佐之男大神を祀ったことに始まるとされる。貞観2年(860年)2月には、園城寺(後の三井寺)の初代長吏である円珍が、同寺の鎮守として山王権現を合わせ祀り、長等神社は園城寺鎮守社としての性格を強めていった。
天喜2年(1054年)4月には、参詣の便を考慮して長等山上から現在地へ遷座したと伝えられる。この遷座により、山上の信仰の場としての性格と、山麓で人々の祈りを受け止める社としての役割が併存するようになった。南北朝時代の建武3年(1336年)には戦乱によって社殿が焼失したが、暦応3年(1340年)に足利尊氏による再建が行われたとされる。その後も園城寺と深い関係を保ちながら、鎮守社として歴史を重ねてきた。明治期に入ると神仏分離政策により園城寺から独立し、1883年(明治16年)に社名を長等神社と改めた。1904年(明治37年)には楼門が建立され、1910年(明治43年)1月には県社に列せられている。
境内に立つ朱塗りの楼門は、大津市指定文化財(1972年指定)である。明治37年(1904年)に起工し、明治38年(1905年)に竣工したこの楼門は、近代の造営でありながら中世社寺建築の様式を意識した造形を備える点が特徴とされている。
祭事では例祭が毎年5月5日に斎行され、長い歴史の中で培われてきた祈りの形が、現在も年中行事として受け継がれている。
  • 県社
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

境内社 稲荷神社
祭神不明
摂社 馬神神社
境内社 両御前神社
祭神不明
末社 笠森社
祭神不明

例祭

歳旦祭 1月1日
綱打ち神事、網打祭 1月14日
古神札焚上式 1月15日
網打祭 1月16日
節分厄除祭、人形焚上 2月上旬
祈年祭 2月中旬
鎮花祭り 4月10日~16日の日曜日
例祭 5月5日
夏越の祓い、茅の輪くぐり、人形焚上、夏祭り 6月30日
馬神神社例祭 10月17日
七五三祭 11月中旬
新嘗祭、大麻頒布式、秋祭り 11月23日
師走の大祓、除夜祭 12月31日

文化財

長等神社楼門
大津市 指定文化財
建造物 文化財指定日不明

建築

本殿 五間社流造

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://nagarajinja.net/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E7%AD%89%E7%A5%9E%E7%A4%BE
大津市
https://www.city.otsu.lg.jp/soshiki/010/2406/od/41153.html
滋賀県神社庁
http://www.shiga-jinjacho.jp/