船越神社 三重県 - 神社ファン

有名度

前頭

船越神社

ふなこしじんじゃ

三重県志摩市大王町船越861

三重県志摩市大王町船越861

鳥居

N yotarou(wikipedia CC 表示 2.5)

かんたんご利益

  • 仕事
船越神社には

「仕事系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

伊勢・神明系

です。
他に 「八幡系」 「白髭・猿田彦系」 「三島・大山祇系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

船越神社は三重県志摩市に鎮座する神社。御祭神は天照皇大神、豊受大神、應神天皇、猿田彦命、大山祇命の5柱をまつる。
社格は旧村社。
船越の地は、古く伊勢神宮への神贄として生魚を献上してきた地域であり、文献には「東船越御厨」として神宮領の一角を成していたことが記されている。この御厨に奉祀された神明社が、村の氏神として崇敬されてきたと伝えられる。また、神贄の供進地であった背景から、御饌神である豊受大神を祀る贄島社が周辺に創建されたという伝承も残る。こうした歴史を背景として、船越では神饌に関わる漁獲の方法が継承され、月次祭や神嘗祭の際には生魚を漁って献上する習俗が守られてきたとされる。
中世には船越左衛門の領有地となり、その後は九鬼氏の支配を経て、近世には鳥羽藩領に属したと伝えられる。支配者が移り変わる中にあっても、内宮への神贄の献上は継続されてきたという。
一方、中世以降には蘇民将来信仰や牛頭天王信仰が広まり、牛頭天王を配祀して天王祭が行われるようになり、牛頭天王が主祭神とみなされた時期もあったとされる。明治4年(1871年)には社名を津島社と改めて村社に列したが、明治9年(1876年)10月には再び船越神社の名称に復している。さらに明治40年(1907年)12月には、境内外の若宮社、八幡宮、愛神社、山神社、秋葉社、七本松社、舟古志社、贄島社などを合祀する許可を受け、同月に合祀祭が斎行されたと記録されている。
祭事としては、例祭が毎年10月18日に執り行われるほか、現在も地域の秋祭りが行われ、太鼓の奉納や縁日、菓子撒きなどを通じて氏子や参拝者で賑わいを見せている。
  • 村社
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神社詳細

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建築

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神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%B9%E8%B6%8A%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%BF%97%E6%91%A9%E5%B8%82)
三重県神社庁
https://www.mie-jinjachou.page/