祖師野八幡宮 - 神社ファン

有名度

前頭

祖師野八幡宮

そしのはちまんぐう

岐阜県下呂市金山町祖師野字茅野223番地

岐阜県下呂市金山町祖師野字茅野223番地

鳥居と拝殿

大野 一将(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 勝負
祖師野八幡宮には

「仕事系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利

御祭神

応神天皇 おうじんてんのう
天照大神 あまてらすおおかみ
伊弉冉尊 いざなみのみこと
猿田彦命 さだひこのみこと
軻遇突知神 かぐつちのかみ
素盞嗚尊 すさのおのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
他に 「伊勢・神明系」 「不明(1柱)」 「白髭・猿田彦系」 「愛宕・秋葉系」 「祇園・須佐系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

祖師野八幡宮は岐阜県下呂市に鎮座する神社。御祭神は応神天皇、天照大神、伊弉冉尊、猿田彦命、軻遇突知神、素盞嗚尊の6柱をまつる。
社格は旧郷社。
伝承によれば、養和元年(1181年)2月の初卯の日、門原村の住人であり、飛騨4ヶ村・美濃16ヶ村の総代を務めた田口左近光員が、相州鎌倉の八幡宮の御分霊を勧請し、祖師野の榧野(茅野)に小社を創立したことに始まるとされる。
その後、応永20年(1413年)に社殿の規模が整えられ、現在地へ遷座したと伝えられている。この遷座によって、美濃16ヶ村・飛騨4ヶ村の総社としての体制が確立し、広域からの崇敬を集める存在となった。
中世以来の地域的基盤として、応永22年(1415年)3月には御供田高10石が寄進され、これらは明治初年まで継続したとされる。さらに、神領であった山林は明治初期に祖師野区有林となり、近代に入って管理形態が変化していったが、こうした経緯は同社が地域社会と密接に結びついてきた歴史をよく示している。
明治6年(1873年)1月には近代社格制度のもとで郷社に列し、明治41年(1908年)2月26日には神饌幣帛料供進神社に指定された。平成13年(2001年)10月17日には、神明神社、津島神社、白山神社、岩尾神社、稲荷神社、愛宕神社を合祀し、周辺地域の信仰を束ねる役割をさらに強めている。
社殿は、拝殿と幣殿が平地に配置され、その背後の一段高い斜面に本殿が建つ構成で、全体が間隔をおいて一直線に並ぶ独特の配置をとる。本殿・幣殿・拝殿(付・棟札)は、昭和48年6月13日に岐阜県指定重要文化財となっており、本殿は三間社流造、屋根は檜皮葺で、現在も彩色が残る点が特徴である。
境内にはスギやヒノキの巨樹が生い茂り、社叢として県指定天然記念物に指定されている。社殿近くでは、晩秋から初冬にかけて霜月サクラが咲き、11月中旬頃から12月にかけて花を楽しむことができる。例祭は毎年10月第3日曜日に斎行されている。
  • 郷社
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 三間社流造

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%96%E5%B8%AB%E9%87%8E%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE
岐阜県神社庁
https://www.gifu-jinjacho.jp/