稲積神社 - 神社ファン

有名度

前頭

稲積神社

いなづみじんじゃ

山梨県甲府市太田町一〇ー二

山梨県甲府市太田町一〇ー二

かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 学業
  • 金運
  • 子供
  • 安全
  • 家庭
稲積神社には

「健康系」「仕事系」「学業・技芸系」「金運系」「子供系」「安全系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

商運繁栄 技術向上 安全祈願 五穀豊穣 生産繁栄 家内安全 交通安全 学業向上 合格達成

御祭神

宇迦之御魂大神 うかのみたまのおおかみ
大宮能売大神 おおみやのめのおおかみ

神社系統

この神社の主な系統は

稲荷系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

稲積神社は山梨県甲府市に鎮座する神社。御祭神は宇迦之御魂大神、大宮能売大神の2柱をまつる。
社格は旧郷社。
稲積神社の起源は非常に古く、今からおよそ 2080年前、すなわち古代、かつて甲府盆地が湖沼地帯であった時代にさかのぼると伝えられている。伝承によれば、第十代天皇である崇神天皇の時代、四道将軍の一人 武淳川別命(たけぬかがわわけのみこと)が東征の折にこの地に入り、湖岸を切り開いて水を富士川へ落とし、土地を乾かして田畑を拓いたという。そのとき、五穀豊穣と地域の安寧を祈願して丸山(現在の舞鶴城址)に社を立て、これが稲積神社の始まりとされる。後に、武田氏の先祖である甲斐源氏の祖、一条忠頼がその丸山の館に居したことから、この社は「庄城稲荷」と呼ばれ、甲斐源氏一族の氏神として崇敬を受けるようになった。しかし、戦国から江戸の変遷のなかで、戦乱や城の築造などの都合により、現在地である太田町へ遷座することになる。特に、豊臣政権の武将である浅野長政がこの地に城を築く際、一蓮寺とともに現社地に移されたと伝えられている。江戸時代に入ると、その神徳がますます顕著となり、老若男女問わず多くの人々が参拝に訪れ、特に「千両祭」と呼ばれる盛大な市が催され繁盛した。現在でも境内に残る「迷い子しるべ石」や、嘉永4年(1851年)に諸国の信徒から奉納された十二支灯籠などが、その当時の信仰の厚さと人々の熱気を伝えている。明治元年の神仏分離(神仏混淆禁止)により、かつて隣接していた一蓮寺との関係を解消し、明治9年2月には甲府の第二区郷社として改めて社格を認められた。以後、昭和・平成を通じて地元や崇敬者の努力により社殿の修築が行われ、「地の神」としてだけでなく、商業・産業の神としての信仰も受け継がれてきた。
毎年5月2日から5日まで行われる例大祭 正ノ木祭(通称「正ノ木さん」)は、かつては「千両祭」「せんりょう祭り」と呼ばれ、江戸時代から続く歴史ある祭礼である。かつては農家が一斉に種まきや苗植えを行う時期にあたっていたが、現在では植木や花を売る市として、200を超える露店が並ぶ地域の一大イベントとなっており、多くの参拝者で賑わう。
  • 郷社
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

境内社 稲荷社
祭神不明
境内社 金白稲荷社
祭神不明
境内社 金比羅神社
大物主神
境内社 猿田彦社
祭神不明
境内社 瘡子社
少彦名命
大巳貴命
境内社 熊野社
素盞鳴尊
境内社 甲子社
大国主大神
境内社 天満天神社
菅原道真公

例祭

月始祭・誕生祭 毎月1日
月次祭 毎月3日
神恩感謝祭 毎月15日
新年初祈願祭・歳旦祭 1月元旦
小正月 1月15日
節分祭 2月3日
針供養祭 2月8日
初午祭 2月初午の日
甲子社例祭 2月初甲子の日
祈年祭 2月17日
猿田彦社例祭 2月末日
天満天神社例祭 3月10日
熊野社例祭 3月26日
正ノ木祭・ 献木祭(商工会議所)  5月2日
御田植祭 6月第一日曜日
夏越大祓祭 ・萬灯大祭 6月30日
瘡子社例祭 7月15日
崇敬会大祭 9月30日
抜穂祭 10月初旬
金刀比羅神社例祭 10月10日
新嘗祭 11月23日
年越大祓 12月31日

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://www.inazumijinjya.com/
山梨県神社庁
https://www.yamanashi-jinjacho.or.jp/