越中護国八幡宮 - 神社ファン

有名度

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越中護国八幡宮

えっちゅうごこくはちまんぐう

富山県富山市八幡字喜兵衛作718番地

富山県富山市八幡字喜兵衛作718番地

鳥居と拝殿

Makoto01ta(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 勝負
越中護国八幡宮には

「仕事系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」 「八幡系

です。
他に 「伊勢・神明系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

越中護国八幡宮は富山県富山市に鎮座する神社。御祭神は大幡主命、誉田別命、息長帯比賣命、玉依日女命、天照皇大神、豊受大神の6柱をまつる。
社格は旧郷社。
当宮の創祀は極めて古く、社伝によれば第11代垂仁天皇の御代(西暦55年頃とも)に大幡主命が越の国の凶賊「阿彦(あびこ)」を討伐され、この地に「八幡の宮(やはたのみや)」をお造りになったのが起源である。その後飛鳥時代に、文武天皇(在位697~707年)の勅書「忠孝」の額が奉納されたなどの記録が伝わる。また奈良時代、聖武天皇の時代(在位724~749年)に「一国一社八幡宮」の制度により当宮も選ばれ、誉田別命・息長足比売命・玉依姫命を合わせ祀る八幡宮として全国的な八幡信仰の一端を担ったとされる。平安時代の弘仁2年(811年)8月15日には当宮の神霊を奉載したことも伝わる。時代が下る中、地域の鎮守として、また馬見の郷・十六ヶ村の総社として崇敬され、富山湾を望む富山市八幡の地にて地域の平安と発展を見守ってきた。
  • 郷社
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出典
公式サイト
https://hachimangu-toyama.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%8A%E4%B8%AD%E8%AD%B7%E5%9B%BD%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE
富山県神社庁
https://toyama-jinjacho.sakura.ne.jp/