有名度
前頭斐太神社
ひだじんじゃ
新潟県妙高市大字宮内239番地
新潟県妙高市大字宮内239番地

Saigen Jiro(wikipedia CC0)
斐太神社以外にも 矢代さん とも呼ばれます。
かんたんご利益
- 健康
斐太神社には
「健康系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
病気平癒
御祭神
主祭神
大國主命 おおくにぬしのみこと
相殿
矢代大神 不明
相殿
諏訪大神 すわおおかみ
神社系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
斐太神社は新潟県妙高市に鎮座する神社。御祭神は大國主命、矢代大神、諏訪大神の3柱をまつる。
社格は式内社であり旧郷社。
平安時代初期、大同2年(西暦807年)に創建されたと伝えられており、「延喜式」(延長5年=927年発行)にも名を残す古社である。その鎮座地は、妙高市宮内の宮内集落西方丘上、青田南葉山から派生した尾根の東麓に位置し、旧集落「斐太」と称された地域に鎮座してきた。社名「斐太」の由来については、ご祭神が当地に来臨して村民に田産の業を教え、国中を「日高見の国」と称したという伝承がある。相殿の事代主命は、かつて矢代川上流の岡沢山に鎮座していた矢代大神であり、天正2年(1574年)に戦国武将である 上杉謙信 が、鮫ヶ尾城の鬼門鎮護として当地に遷座したと伝わる。また、建御名方命(諏訪大神)は、元来は青田南葉山の山頂に鎮座していたともいい、当地への合祀・遷座を経て、三柱を祀る現在の形となった。
現在の社殿は、昭和33年(1958年)に社殿焼失のため再建された建物とされ、拝殿は桁行4間・梁間3間、銅板葺き切妻妻入形式、神社側では「大社風神明造」と称している。
社格は式内社であり旧郷社。
平安時代初期、大同2年(西暦807年)に創建されたと伝えられており、「延喜式」(延長5年=927年発行)にも名を残す古社である。その鎮座地は、妙高市宮内の宮内集落西方丘上、青田南葉山から派生した尾根の東麓に位置し、旧集落「斐太」と称された地域に鎮座してきた。社名「斐太」の由来については、ご祭神が当地に来臨して村民に田産の業を教え、国中を「日高見の国」と称したという伝承がある。相殿の事代主命は、かつて矢代川上流の岡沢山に鎮座していた矢代大神であり、天正2年(1574年)に戦国武将である 上杉謙信 が、鮫ヶ尾城の鬼門鎮護として当地に遷座したと伝わる。また、建御名方命(諏訪大神)は、元来は青田南葉山の山頂に鎮座していたともいい、当地への合祀・遷座を経て、三柱を祀る現在の形となった。
現在の社殿は、昭和33年(1958年)に社殿焼失のため再建された建物とされ、拝殿は桁行4間・梁間3間、銅板葺き切妻妻入形式、神社側では「大社風神明造」と称している。
スポンサーリンク
