羽黒神社 山形県米沢市大字関根字羽黒堂 - 神社ファン

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羽黒神社

はぐろじんじゃ

山形県米沢市大字関根字羽黒堂14176

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山形県米沢市大字関根字羽黒堂14176

かんたんご利益

  • 厄除
羽黒神社には

「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

想

開運招福 人生守護

御祭神

神社系統

主な系統
その他系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

羽黒神社は山形県米沢市に鎮座する神社。御祭神は稲倉魂命、伊邪那美命、譽田別命、大山津見命、上杉治憲命、細井徳民命の6柱をまつる。
羽黒神社は大同元年(806年)、羽黒大権現として大窪沢の山頂に創建されたと伝えられる。暦仁年間(1238~1239年)に現在の関根の地へ遷された。
元亀元年(1570年)、伊達氏と葦名氏による横檀原の合戦で本殿が焼失した。慶長3年(1598年)には、上杉景勝の重臣で米沢城主となった直江兼続が本殿を再建したと伝えられている。
現在の本殿は天明8年(1788年)に再建されたとされる。ただし、再建時の棟札などは確認されておらず、詳しい経緯は明らかになっていない。
寛政8年(1796年)9月6日、当時「羽黒堂」と呼ばれていた羽黒神社で、米沢藩主・上杉治憲(上杉鷹山)と、その師である儒学者・細井平洲が対面した。平洲はこの年、3度目となる米沢下向を行っていた。
治憲は米沢城下から関根の羽黒堂まで赴いて平洲を出迎えた。2人は羽黒堂から参道を歩いて普門院へ向かい、治憲は普門院で長旅を終えた平洲をもてなした。普門院には現在も2人の対面に関係する部屋や道具が残されている。
平洲はこのときの様子を高弟の樺島石梁に宛てた書簡に記している。治憲が師を郊外まで迎えた「敬師郊迎」は、明治以降に国定修身教科書にも取り上げられた。
1935年(昭和10年)6月7日、羽黒神社、普門院、両者を結ぶ参道は「上杉治憲敬師郊迎跡」として史蹟に指定された。現在は国指定史跡となっており、羽黒神社の指定地は3,304平方メートルである。
羽黒神社の本殿は、方3間・面3間の木造建築で、茅葺屋根を持つ総欅造りの唐様建築である。本殿と境内は国指定史跡「上杉治憲敬師郊迎跡」の一部として保存されている。
米沢市は2008年度(平成20年度)から史跡の保存修理事業を実施し、羽黒神社本殿では2008年度から2011年度(平成23年度)にかけて保存修理工事が行われた。
羽黒神社から普門院へは、1796年(寛政8年)に治憲と平洲が歩いた参道が続く。境内には上杉鷹山と細井平洲の「敬師の像」があり、2014年(平成26年)9月に愛知県東海市から米沢市へ寄贈された。羽黒神社本殿と境内、参道、普門院が一体となって「上杉治憲敬師郊迎跡」を構成している。
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出典
山形県神社庁
https://yamagata-jinjyacho.or.jp/