三新田神社 - 神社ファン

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三新田神社

さんしんでんじんじゃ

青森県つがる市木造種取2

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青森県つがる市木造種取2

かんたんご利益

  • 仕事
三新田神社には

「仕事系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

伊勢・神明系

です。
他に 「八幡系」 「稲荷系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

三新田神社は青森県つがる市に鎮座する神社。御祭神は天照皇大神、譽田別命、宇加魂命、大宮姫命、猿田彦命の5柱をまつる。
社格は旧郷社。
元和年間(1615~1624年)、上木作村の開村にあたり、福士勘左衛門が産土神として八幡宮を建立した。これが三新田神社の起源とされる。
延宝年間(1673~1681年)、弘前藩第4代藩主・津軽信政が木造・金木・俵元の津軽三新田を開発した。新田奉行の一町田権之進が境内を縄張りし、八幡宮を現在地へ移した。
津軽信政は神明宮と稲荷宮を勧請し、八幡宮と合わせて三社宮とした。御神体には、弘前藩初代藩主・津軽為信が所蔵した兜の鍬形に付けられていた小鏡が納められた。神社は三新田神社と称され、津軽三新田の五穀成就を祈願する神社となった。
その後も津軽家歴代藩主が参拝し、五穀成就を祈願した。境内には歴代藩主が植えたと伝わるマツやイチョウが残る。
社殿は江戸時代から明治時代にかけて3度の火災で焼失した。明治12年(1879年)に氏子が再建工事を始め、明治18年(1885年)までに正殿、拝殿、神楽殿などを造営した。
明治28年(1895年)には、津軽家から三新田神社へ納められた寄附品の目録が作成された。
昭和39年(1964年)、津軽華子は父の津軽義孝とともに、義宮正仁親王との結婚報告のため参拝した。参拝は津軽家歴代当主の慣例に従って行われた。
境内には正殿、拝殿、神楽殿のほか、鳥居や狛犬が置かれている。津軽家歴代藩主の手植えと伝わるマツやイチョウの大木も生育する。
毎年12月には、木作町内会が五穀豊穣と家内安全を祈願し、大しめ縄と米俵を奉納する。大しめ縄は鳥居に巻き付けられ、干支の絵を飾った米俵が境内に積まれる。奉納時には、つがる市登山囃子保存会が登山囃子を演奏する。
三新田神社の宵宮は、木造地区で開催される三新田まつりの始まりとされる。現在は三新田夜店まつりとして商店街で行われ、露店や催しが並ぶ。
  • 郷社
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/