黒島神社 鹿児島県 - 神社ファン

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黒島神社

くろしまじんじゃ

鹿児島県姶良市上名585

😞 🙁 😐 🙂 😄

鹿児島県姶良市上名585

鳥居

Tam0031(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 恋愛
  • 仕事
  • 金運
  • 子供
  • 安全
  • 勝負
黒島神社には

「恋愛系」「仕事系」「金運系」「子供系」「安全系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利 縁結び 五穀豊穣 商売繁盛 子授け 海上安全 豊漁 財運向上

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系」 「出雲・オオナムチ系」 「宗像・厳島系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

黒島神社は鹿児島県姶良市に鎮座する神社。御祭神は宇佐明神、大名持命、少名彦名命、多祇留姫、多祇津姫の5柱をまつる。
社格は旧郷社。
黒島神社は、和銅元年2月、宮牟礼四郎政良が山田地方を開拓する際に勧請したと伝えられる。創建当初は山上に社殿が建立されたとされる。
別当寺は曹洞宗玉城山祥福寺陽春院であった。玉城山には鎮西八郎為朝の居城であったという伝承があり、為朝城とも呼ばれている。
古くは社殿が山頂にあり、川の手前に拝殿が置かれていた。拝殿から社殿へ向かう橋が架けられていた時期があり、この橋は女性が渡ることを禁じられていたと伝えられる。
宝永6年(1709)6月、洪水による山崩れで社殿が流失したが、御神体は山中に残ったという。その後、村人によって山腹に社殿が再建され、山田の総鎮守として崇敬されてきた。
明治初期には女胎師神社、飛野妙見、石堂妙見を合祀した。大正3年(1914)には現在の社殿が建立された。
令和6年(2024)1月23日には、姶良市上名に鎮座していた稲荷神社を合祀し、猿田彦命、宇迦之御魂之命、大宮姫命を新たに祀っている。
黒島神社は「黒神殿(クロカミドン)」の通称でも親しまれている。境内には姶良市指定有形文化財の黒島神社石橋が残り、天明4年(1784)に造られた石造アーチ橋として伝えられている。
例祭日は2月24日である。祭礼では田作り式をはじめ、田の神舞、棒踊り、金山踊りなどが奉納され、現在まで受け継がれている。
  • 郷社
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神社詳細

摂末社・境内社

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E5%B3%B6%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%A7%B6%E8%89%AF%E5%B8%82)
鹿児島県神社庁
https://www.kagojinjacho.or.jp/