有名度
関脇竈門神社
かまどじんじゃ
福岡県太宰府市大字内山883
福岡県太宰府市大字内山883



宝満宮竈門神社は、太宰府のシンボル・宝満山の麓に鎮座し、縁結びと厄除けの神として信仰を集める古社です。創建は7世紀にさかのぼり、山岳信仰の聖地として多くの修験者が祈りを捧げてきました。近年では人気アニメ『鬼滅の刃』の聖地としても注目を集め、全国から多くの参拝者が訪れています。四季折々の自然とモダンな社務所が調和する境内は、心を整え、前向きな力を授けてくれる神社です。
竈門神社以外にも 宝満宮 竈門宮 とも呼ばれます。
神社ワードクラウド
竈門神社の特徴を視覚的にわかりやすく表現しています。詳しくは見どころをご確認ください。
かんたんご利益
- 恋愛
- 厄除
竈門神社には
「恋愛系(有名)」「厄除・開運系(有名)」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
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ご利益
公
縁結び 方除け 厄除
御祭神
公
主祭神
玉依姫命 たまよりひめのみこと
相殿神
神功皇后 じんぐうこうごう
相殿神
応神天皇 おうじんてんのう
神社系統
主な系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
竈門神社は福岡県太宰府市にある神社。玉依姫命を主祭神とし、神功皇后、応神天皇をあわせてまつる。
社格は式内社(名神大社)。別表神社、旧官幣小社。
太宰府市の北東にそびえる宝満山に鎮座し、「宝満宮」「竈門宮」とも呼ばれる。宝満山の山頂に上宮、山麓に下宮があり、古代から山そのものが信仰の対象となってきた。大宰府の鬼門にあたる北東に位置することから、大宰府鎮護の神としても篤く崇敬された。
創建については複数の伝承がある。社伝によると、天智天皇の時代に大宰府が現在の地へ移された際、その鬼門にあたる宝満山に八百万の神々をまつり、大宰府の守護を祈ったことに始まるという。
その後、天武天皇2年(673)、宝満山で修行していた心蓮上人の前に玉依姫命が顕現したため、山頂に上宮を建ててまつったと伝えられている。玉依姫命を中心とする現在の竈門神社の信仰は、この伝承に結びつけられている。
宝満山では、こうした伝承だけでなく古代に国家的な祭祀が行われていたことを示す遺物も発見されている。上宮が鎮座する山頂の巨岩周辺からは和同開珎をはじめとする皇朝十二銭や奈良三彩などが出土しており、奈良時代から平安時代初期にかけて宝満山で重要な祭祀が営まれていたことが明らかになっている。
史料上では延暦22年(803)に竈門山寺に関する記録が見られ、この頃にはすでに神と仏が結びついた信仰が形成されていた。宝満山では早い時期から神仏習合が進み、竈門神への信仰と山岳仏教が一体となって発展していった。
宝満山は大宰府と深く結びつき、古代の対外交流とも関係した。大陸へ渡る遣隋使や遣唐使などは航海の安全と使命の成就を祈願したと伝えられ、最澄や空海も大陸への渡航と関わるなかで宝満山の信仰と結びついた。玄界灘を越えて大陸へ向かう人々にとって、宝満山は航海安全を祈る重要な霊山となった。
平安時代には朝廷からの崇敬も高まり、長治3年(1106)には正一位の神階を授けられたと伝えられる。やがて「九国総鎮守」とも称され、竈門神社と宝満山は大宰府周辺だけでなく、九州を守護する信仰の中心のひとつとして発展した。
平安時代末から鎌倉時代にかけては山岳信仰がさらに盛んとなり、宝満山の山中には多数の坊が営まれた。最盛期には370坊を数えたとも伝えられ、山全体に宗教施設が広がる大規模な霊場を形成した。
中世以降の宝満山は修験道の霊山としても発展した。山伏たちは険しい山中を修行の場とし、峰入りや加持祈祷などを行った。竈門神への信仰、仏教、山岳信仰、修験道が重なり合い、宝満山独自の信仰世界が形成されていった。
戦国時代には北部九州の戦乱によって衰退したが、その後は筑前を治めた小早川氏や黒田氏の庇護を受けて復興した。江戸時代にも神仏習合の霊山として信仰を集めたが、明治時代の神仏分離によって山中の寺院や修験道に関わる施設の多くが廃され、竈門神社を中心とする現在の姿へと変化した。
こうした長い信仰の歴史を伝える宝満山は、古代の国家祭祀から神仏習合、山岳信仰、修験道へと続く遺構が良好に残されていることから、平成25年(2013)に国の史跡に指定された。山頂の上宮をはじめ、山中には祭祀や修行に関わる遺跡が点在し、山全体が竈門神社の歴史を伝える重要な文化遺産となっている。
現在の竈門神社では、主祭神の玉依姫命が縁結びの神として特に篤く信仰されている。「玉」を魂、「依」を引き寄せることと捉え、人と人との良縁を引き寄せる神として信仰されるようになった。また、大宰府の鬼門を守護してきた歴史から方除けや厄除け、大陸へ渡る人々が祈りを捧げた歴史から旅行や航海の安全を願う信仰も受け継がれている。
近年では、漫画・アニメ『鬼滅の刃』との共通点がファンの間で注目され、作品ゆかりの地として参拝する人も見られる。ただし、竈門神社が作品の公式なモデルとして位置づけられているわけではなく、神社名や修験道の霊山である宝満山などとの共通点から広まったものである。
大宰府の鬼門を守る山として始まったと伝えられる竈門神社と宝満山には、古代の国家祭祀、大陸へ向かう人々の渡海安全祈願、神仏習合、修験道と、時代ごとに異なる信仰が積み重なっている。山頂の上宮と山麓の下宮を中心に、宝満山全体がその長い信仰の歴史を現在に伝えている。
社格は式内社(名神大社)。別表神社、旧官幣小社。
太宰府市の北東にそびえる宝満山に鎮座し、「宝満宮」「竈門宮」とも呼ばれる。宝満山の山頂に上宮、山麓に下宮があり、古代から山そのものが信仰の対象となってきた。大宰府の鬼門にあたる北東に位置することから、大宰府鎮護の神としても篤く崇敬された。
創建については複数の伝承がある。社伝によると、天智天皇の時代に大宰府が現在の地へ移された際、その鬼門にあたる宝満山に八百万の神々をまつり、大宰府の守護を祈ったことに始まるという。
その後、天武天皇2年(673)、宝満山で修行していた心蓮上人の前に玉依姫命が顕現したため、山頂に上宮を建ててまつったと伝えられている。玉依姫命を中心とする現在の竈門神社の信仰は、この伝承に結びつけられている。
宝満山では、こうした伝承だけでなく古代に国家的な祭祀が行われていたことを示す遺物も発見されている。上宮が鎮座する山頂の巨岩周辺からは和同開珎をはじめとする皇朝十二銭や奈良三彩などが出土しており、奈良時代から平安時代初期にかけて宝満山で重要な祭祀が営まれていたことが明らかになっている。
史料上では延暦22年(803)に竈門山寺に関する記録が見られ、この頃にはすでに神と仏が結びついた信仰が形成されていた。宝満山では早い時期から神仏習合が進み、竈門神への信仰と山岳仏教が一体となって発展していった。
宝満山は大宰府と深く結びつき、古代の対外交流とも関係した。大陸へ渡る遣隋使や遣唐使などは航海の安全と使命の成就を祈願したと伝えられ、最澄や空海も大陸への渡航と関わるなかで宝満山の信仰と結びついた。玄界灘を越えて大陸へ向かう人々にとって、宝満山は航海安全を祈る重要な霊山となった。
平安時代には朝廷からの崇敬も高まり、長治3年(1106)には正一位の神階を授けられたと伝えられる。やがて「九国総鎮守」とも称され、竈門神社と宝満山は大宰府周辺だけでなく、九州を守護する信仰の中心のひとつとして発展した。
平安時代末から鎌倉時代にかけては山岳信仰がさらに盛んとなり、宝満山の山中には多数の坊が営まれた。最盛期には370坊を数えたとも伝えられ、山全体に宗教施設が広がる大規模な霊場を形成した。
中世以降の宝満山は修験道の霊山としても発展した。山伏たちは険しい山中を修行の場とし、峰入りや加持祈祷などを行った。竈門神への信仰、仏教、山岳信仰、修験道が重なり合い、宝満山独自の信仰世界が形成されていった。
戦国時代には北部九州の戦乱によって衰退したが、その後は筑前を治めた小早川氏や黒田氏の庇護を受けて復興した。江戸時代にも神仏習合の霊山として信仰を集めたが、明治時代の神仏分離によって山中の寺院や修験道に関わる施設の多くが廃され、竈門神社を中心とする現在の姿へと変化した。
こうした長い信仰の歴史を伝える宝満山は、古代の国家祭祀から神仏習合、山岳信仰、修験道へと続く遺構が良好に残されていることから、平成25年(2013)に国の史跡に指定された。山頂の上宮をはじめ、山中には祭祀や修行に関わる遺跡が点在し、山全体が竈門神社の歴史を伝える重要な文化遺産となっている。
現在の竈門神社では、主祭神の玉依姫命が縁結びの神として特に篤く信仰されている。「玉」を魂、「依」を引き寄せることと捉え、人と人との良縁を引き寄せる神として信仰されるようになった。また、大宰府の鬼門を守護してきた歴史から方除けや厄除け、大陸へ渡る人々が祈りを捧げた歴史から旅行や航海の安全を願う信仰も受け継がれている。
近年では、漫画・アニメ『鬼滅の刃』との共通点がファンの間で注目され、作品ゆかりの地として参拝する人も見られる。ただし、竈門神社が作品の公式なモデルとして位置づけられているわけではなく、神社名や修験道の霊山である宝満山などとの共通点から広まったものである。
大宰府の鬼門を守る山として始まったと伝えられる竈門神社と宝満山には、古代の国家祭祀、大陸へ向かう人々の渡海安全祈願、神仏習合、修験道と、時代ごとに異なる信仰が積み重なっている。山頂の上宮と山麓の下宮を中心に、宝満山全体がその長い信仰の歴史を現在に伝えている。
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見どころ
神社詳細
公式URL
格式
別表神社 官幣小社 名神大社
摂末社・境内社
例祭
初詣 1月
厄除祈願 2月
式部稲荷初午祭 3月(旧暦初午の日)
さくら祭り 4月
宝満山十六詣り 4月14日
春のえんむすび大祭 4月20日~22日
宝満山入峰 5月12日
採燈大護摩供 5月26日
水無月大祓 6月30日
夏まつりと茅の輪神事 7月中旬の土曜日
夏山開き祭 7月中旬の日曜日
七夕まつり 8月7日
秋のえんむすび大祭 10月20日
例祭 11月15日
もみじ祭り 11月23日~24日
師走大晦日大祓 12月31日
厄除祈願 2月
式部稲荷初午祭 3月(旧暦初午の日)
さくら祭り 4月
宝満山十六詣り 4月14日
春のえんむすび大祭 4月20日~22日
宝満山入峰 5月12日
採燈大護摩供 5月26日
水無月大祓 6月30日
夏まつりと茅の輪神事 7月中旬の土曜日
夏山開き祭 7月中旬の日曜日
七夕まつり 8月7日
秋のえんむすび大祭 10月20日
例祭 11月15日
もみじ祭り 11月23日~24日
師走大晦日大祓 12月31日
文化財
宝満山
国 史跡
文化財種別不明 平成25年10月17日指定
文化財種別不明 平成25年10月17日指定
木造狛犬
福岡県 有形文化財
彫刻 昭和57年4月1日指定
彫刻 昭和57年4月1日指定
宝満山山岳信仰関係資料
福岡県 有形民俗文化財
文化財種別不明 昭和37年2月20日指定・平成23年3月18日追加指定・名称変更
文化財種別不明 昭和37年2月20日指定・平成23年3月18日追加指定・名称変更
宝満山の石造鳥居
太宰府市 有形文化財
建造物 平成27年10月20日指定
建造物 平成27年10月20日指定
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
公式サイト
http://kamadojinja.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%88%E9%96%80%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
福岡県
https://www.fukuoka-bunkazai.jp/
太宰府市
https://www.city.dazaifu.lg.jp/site/bunkazai/
[書籍]ご利益めぐり全国神社誌
巖谷小波・神社神徳研究会、展望社、1997年
http://kamadojinja.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%88%E9%96%80%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
福岡県
https://www.fukuoka-bunkazai.jp/
太宰府市
https://www.city.dazaifu.lg.jp/site/bunkazai/
[書籍]ご利益めぐり全国神社誌
巖谷小波・神社神徳研究会、展望社、1997年
