東雲神社 愛媛県 - 神社ファン

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東雲神社

しののめじんじゃ

愛媛県松山市丸之内73−1

😞 🙁 😐 🙂 😄

愛媛県松山市丸之内73−1

拝殿

CT-May(wikipedia CC 表示 3.0)

東雲神社以外にも 松山大神宮 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 勝負
東雲神社には

「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

庁

武運長久

御祭神

天穂日命 あめのほひのみこと
菅原道真公 すがはらのみちざねこう
息長福玉命 おきながふくたまのみこと
奇足玉命 くしたるたまのみこと
息長福玉命 おきなかさきたまのみこと
真都栄命 まつさきのみこと
稚国玉命 わかくにだまのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(6柱)」 「天満・天神系」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

東雲神社は愛媛県松山市に鎮座する神社。御祭神は天穂日命、菅原道真公、息長福玉命、奇足玉命、息長福玉命、真都栄命、稚国玉命の7柱をまつる。
社格は旧県社。
東雲神社の創建は、文政6年(1823年)に始まる。伊予松山藩11代藩主・松平定通は、藩祖である松平定勝の神霊を祀るため、京都の吉田家へ神号授与を願い出た。松平定勝は徳川家康の異父同母弟にあたり、伊予松山藩松平家の祖として伝わる人物である。
文政6年(1823年)、松平定勝には「息長福玉命」の神号が授けられた。松平定通は松山城山の揚木戸に仮宮を造営し、松平定勝の神霊を仮勧請した。これが東雲神社の起こりである。
文政11年(1828年)には、松平定勝の嫡男である松平定吉の神霊が境内の祠へ勧請された。松平定吉は「稚国玉命」として祀られた。
天保8年(1837年)、12代藩主・松平勝善は、松平定勝の神号授与をあらためて願い出た。この時、松平定勝には「東雲大明神」の神号が授けられ、松山城内の御社へ正式に勧請された。同年から、松山城山の長者ヶ丘で社殿造営が始まった。
天保11年(1840年)に社殿が完成し、東雲神社は松山藩の崇敬を受けた。明治13年(1880年)2月には東雲神社へ改称し、県社に列した。
昭和20年(1945年)7月、松山空襲によって社殿をはじめ多くの建物が焼失した。昭和46年(1971年)には、松山城西堀端にあった松山大神宮が東雲神社跡地へ奉遷された。昭和48年(1973年)には神明造の新社殿が完成し、松山大神宮と東雲神社の神霊が合祀奉斎された。
東雲神社には、重要文化財の短刀「銘 国弘作」と太刀「銘 助包」が伝わる。短刀「銘 国弘作」は大正7年(1918年)4月8日、太刀「銘 助包」は昭和3年(1928年)4月4日に重要文化財へ指定された。
境内には、市指定天然記念物の「ナンジャモンジャの木」2本がある。また、能面・能衣裳・狂言面・葛帯などの能道具も伝わっており、これらは愛媛県指定有形文化財となっている
  • 県社
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神社詳細

摂末社・境内社

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建築

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神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E9%9B%B2%E7%A5%9E%E7%A4%BE
愛媛県神社庁
http://ehime-jinjacho.jp/