息長福玉命
おきながさきたまのみこと
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 大名
江戸 [1560年~1624年]
息長福玉命とは?
息長福玉命(1560-1624)は戦国時代~江戸時代の人物。久松俊勝の子、松平定行らの親、徳川家康の異父弟。息長福玉命は、伊予松山藩の藩祖である松平定勝を神様として祀るために、神号授与した名前である。のちに東雲大明神との神号も授かる。久松俊勝の四男として生まれ、生後すぐに家康より松平の称号と葵紋を賜る。兄である家康に随伴する形で、長篠の戦い、小牧・長久手の戦いなどに参戦し、戦功を挙げる。家康にとって定勝は親子ほど歳の離れた一番末の弟となり、大事にされていた。紀州徳川家の嫡男に定勝の幼名である長福丸という名をつけるようになったことや、定勝の正室を決める際、家康が口利きをしたことなどからも窺い知れる。家康の息子である徳川秀忠からも尊敬されており、さらにその子、徳川家光にも影響を与えた人物である。 息長福玉命は東雲神社(愛媛県松山市)に祀られている。東雲神社は、伊予松山藩藩主の居城である松山城の敷地内に創建された神社である。松山藩11代藩主松平定通の時代に仮宮が造営され、12代藩主松平勝善の時代に東雲大明神の神号を授かったことで正式に神社となった。定勝の子である松平定吉をはじめ、何人かの松山藩主が神号を授かり合祀されており、歴代藩主を信仰する崇敬神社となっている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
東雲神社
(愛媛県松山市丸之内73−1)
