別府八幡宮 - 神社ファン

有名度

前頭

別府八幡宮

べっぷはちまんぐう

山口県山陽小野田市大字有帆1376番地

山口県山陽小野田市大字有帆1376番地

かんたんご利益

  • 仕事
  • 勝負
別府八幡宮には

「仕事系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利

御祭神

品陀和気命 ほんだわけのみこと
帶中日子命 たらしなかつひこのみこと
息長帶比売命 おきながたらしひめのみこと
多紀理毘売命 たぎりひめのみこと
多岐都毘売命 たぎつひめのみこと
市杵島毘売命 いちきしまひめのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

別府八幡宮は山口県山陽小野田市に鎮座する神社。御祭神は品陀和気命、帶中日子命、息長帶比売命、多紀理毘売命、多岐都毘売命、市杵島毘売命の6柱をまつる。
神護景雲4年(770年)、和気清麻呂が豊前国の宇佐神宮を勧請したことが創建の始まりと伝わる。和気清麻呂は宇佐神宮神託事件の後、道鏡によって大隅国へ流されたが、道鏡失脚後に赦免され、勅命によって京へ召還されることとなった。帰京の途中、有帆付近で暴風雨に遭い、船を入り江へ寄せたという。当時の有帆は海に面しており、清麻呂は宇佐神宮の御霊代の御幣を松に掛け、八幡神へ祈願した。やがて嵐は静まり、この地へ八幡宇佐宮を勧請し、郷の鎮守とする旨を残したとされる。その後、里人によって社殿が建立されたと伝わる。
中世には厚東氏、大内氏、毛利氏の崇敬を受けた。厚東氏は祈願所として社領を寄進し、社殿の改築を行った。永和2年(1376年)には大内弘世が本殿を造営し、現在本殿西側に残る旧本殿はその建物と伝承される。寛文8年(1668年)には榎本就時が社殿を修復し、天保8年(1837年)には毛利氏によって旧拝殿が改築された。さらに明治13年(1879年)には現本殿が造営され、昭和57年(1982年)には幣殿と拝殿が改築された。
境内には本殿、幣殿、拝殿が並ぶ。若宮社には仁徳天皇と稲荷神を祀り、天保8年(1837年)改築の記録が残る。権殿には八幡神の御分神が祀られ、永和2年(1376年)に大内弘世が建立したと伝わる。
祭事には、5月第2日曜日の春季大祭・有帆市祭、7月中旬日曜日の田道御幸祭、9月1日の風鎮祭、10月スポーツの日の秋季大祭などがある。有帆市祭は明和2年から続く祭礼とされる。
スポンサーリンク

神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

情報募集

例祭

情報募集

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://beppu-hatimanguu.com/
山口県神社庁
http://www.yamaguchi-jinjacho.or.jp/