徳守神社 - 神社ファン

有名度

前頭

徳守神社

とくもりじんじゃ

岡山県津山市宮脇町5

😞 🙁 😐 🙂 😄

岡山県津山市宮脇町5

拝殿

Barsaka2(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 恋愛
  • 健康
  • 仕事
  • 子供
  • 安全
  • 厄除
  • 家庭
徳守神社には

「恋愛系」「健康系」「仕事系」「子供系」「安全系」「厄除・開運系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

公

開運厄除 身体健康 子供守護 子宝安産 厄災消除 子孫繁栄 交通安全 家庭円満 五穀豊穣 商売繁盛 良縁成就 国土平安

御祭神

公

主祭神

天照皇大神 あまてらすすめおおかみ

相殿

国常立尊 くにのとこたちのみこと

相殿

伊弉諾尊 いざなぎのみこと

相殿

月読尊 つくよみのみこと

相殿

誉田別尊 ほんだわけのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

「伊勢・神明系」

です。
他に 「不明(2柱)」 「月読系」 「八幡系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

徳守神社は岡山県津山市に鎮座する神社。御祭神は天照皇大神、国常立尊、伊弉諾尊、月読尊、誉田別尊の5柱をまつる。
社格は旧県社。
徳守神社は、聖武天皇の御代である天平5年(733年)の創祀と伝えられている。創建当初は、現在の津山市小田中の地に祀られていた。天文8年(1539年)、火災によって社殿と宝物が焼失した。その後に再建された本殿は、現在では境内摂社である住吉神社として伝えられている。
慶長8年(1603年)、森忠政が美作国18万6500石の国守大名として入封した。森忠政は津山城の築城に際し、翌慶長9年(1604年)、徳守神社を現在地へ遷座し、津山城下の総鎮守とした。徳守神社の社号については、勅使として参向した清閑寺大納言藤原徳守の名にちなむとする伝承があるが、由来は明確には確定していない。
現在の本殿・幣殿・拝殿は、寛文4年(1664年)に2代津山藩主森長継によって改築されたものである。本殿は正面3間、側面3間の中山造で、入母屋造・妻入形式をとり、正面には唐破風の向拝が付されている。軒回りには彫刻装飾が施されており、幣殿および拝殿も同時期の建造物として現存する。これらの社殿は、昭和31年(1956年)に岡山県指定重要文化財に指定されている。
例祭は毎年10月第4日曜日に行われる。秋祭における御神幸では、供奉は300人を超え、行列は全長500メートルに及ぶ。大神輿は高さ約8メートル、重さ約1トンで、担ぎ手は交代要員を含めて約170人が必要とされる。また、徳守神社には江戸初期に製作された鉄製の盾が伝来しており、「徳守神社の鉄盾」として平成26年(2014年)9月25日に津山市指定有形文化財に指定されている。
  • 県社
スポンサーリンク

神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

情報募集

例祭

情報募集

文化財

情報募集

建築

本殿 中山造

神紋

情報募集

出典
公式サイト
https://www.tokumori.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%AE%88%E7%A5%9E%E7%A4%BE
岡山県神社庁
https://www.okayama-jinjacho.or.jp/