玉井宮東照宮 - 神社ファン

有名度

前頭

玉井宮東照宮

たまいぐうとうしょうぐう

岡山県岡山市中区東山1-3-81

岡山県岡山市中区東山1-3-81

鳥居と神門

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かんたんご利益

  • 学業
  • 子供
  • 安全
玉井宮東照宮には

「学業・技芸系」「子供系」「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

安産 海運安全 交通安全

御祭神

豐玉比賣命 とよたまひめのみこと
玉依比賣命 たまよりひめのみこと
彦火火出見尊 ひこほほでみのみこと
徳川家康 とくがわいえやす

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(3柱)」 「東照宮系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

玉井宮東照宮は岡山県岡山市中区に鎮座する神社。御祭神は豐玉比賣命、玉依比賣命、彦火火出見尊、徳川家康の4柱をまつる。
社格は旧県社。
玉井宮は、もと児島郡光明崎、現在の岡山市南区小串付近に鎮座していたと伝わる。公式由緒では、大宝3年(703年)の創建と記される。応徳2年(1085年)、玉井宮は現在の東山へ遷座した。神社庁の由緒には、旧社地の山頂から毎夜光が海面を照らし、漁師が神前に訴え、御幣が上道郡門田の山中に立つ地へ遷るよう神託を受けたという伝承が記されている。正保2年(1645年)、岡山藩主池田光政により、同地に徳川家康公を祀る東照宮が勧請された。このとき玉井宮は下の広場へ遷された。東照宮は岡山城と城郭の鎮守として勧請され、正保2年(1645年)から明治3年頃(1872年)まで東照宮御神幸が行われた。江戸時代には、池田光政の命により彦火火出見命が祀られ、吉田家の裁量により玉依比売命が合祀された。嘉永3年(1850年)には高松中納言季実卿の執奏により、皇后の安産祈願が行われ、祠官が上京して御守札を献上した。
明治14年(1881年)、玉井宮は旧地へ戻され、東照宮と合祀された。明治33年(1900年)には旧玉井宮の建物を移し、大拝殿を含む造営が行われた。平成元年(1989年)1月31日未明の火災で幣拝殿、神饌所、社務所、参集所などが焼失したが、本殿などは残り、氏子崇敬者の尽力により4年をかけて復興した。
本殿は岡山県指定重要文化財で、正保2年(1645年)の建築とされる。桁行3間、梁間2間、入母屋造、銅板葺の建物で、平成12年(2000年)3月28日に指定された。随身門は岡山市指定重要文化財で、令和4年(2022年)12月20日に指定された。境内では南から随身門、拝殿、本殿が一直線に並び、随身門の脇には摂社坂中荒神社が立つ。主な祭典は7月30日の夏祭、10月第4土・日曜日の秋祭・例祭日である。
  • 県社
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

摂社 白龍社
龍神
末社 金龍社
龍神
摂社 坂中荒神社
祭神不明
末社 天神社
菅原道真公
末社 少宮社
代々の宮司と総代
末社 三勲神社
和気清麿公
児島高徳公
楠正行公
末社 稲荷社
祭神不明
境内社 倉稲魂社
祭神不明
末社 銀龍神社
祭神不明

例祭

歳旦祭 1月1日
どんと焼 1月14日
護摩焚並に古札焚上祭 2月節分
鎮花祭 4月第2日曜日
金龍社祭 6月6日
大祓 6月30日
輪くぐり祭 7月30日
少宮社祭 秋分の日
龍神祭 宵祭り 10月第4土曜日
龍神祭 例大祭 10月第4日曜日
七五三 11月15日
白龍社祭 12月23日
大祓・除夜祭 12月31日
月並祭 毎月1日

文化財

玉井宮東照宮本殿 附 玉垣
岡山県 重要文化財
建造物 平成12年3月28日指定

建築

本殿 入母屋造

神紋

情報募集

出典
公式サイト
https://www.tamaigutousyouguu.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%89%E4%BA%95%E5%AE%AE%E6%9D%B1%E7%85%A7%E5%AE%AE
岡山県
https://www.pref.okayama.jp/soshiki/151/
岡山県神社庁
https://www.okayama-jinjacho.or.jp/