有名度
前頭玉若酢命神社
たまわかすみことじんじゃ
島根県隠岐郡隠岐の島町下西701
島根県隠岐郡隠岐の島町下西701

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かんたんご利益
御祭神
主祭神
玉若酢命 たまわかすのみこと
配祀
大己貴命 おおなむちのみこと
配祀
須佐之男命 すさのおのみこと
配祀
稲田姫命 いなだひめのみこと
配祀
事代主命 ことしろぬしのみこと
配祀
須世理毘売 すせりびめ
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(1柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
玉若酢命神社は島根県隠岐郡隠岐の島町に鎮座する神社。御祭神は玉若酢命、大己貴命、須佐之男命、稲田姫命、事代主命、須世理毘売の6柱をまつる。
社格は式内社であり、隠岐国の総社、旧県社。
創建年代は詳しく伝わっていない。寛文7年(1667年)成立とされる『隠州視聴合紀』には、天武天皇の勅命により祀られたとする記述がある。社伝では、景行天皇が皇子を各国に分置した際、隠岐国に遣わされた大酢別命の御子が玉若酢命であると伝えられている。貞観13年(871年)閏8月29日、『日本三代実録』には蕤若酢神の神階を正六位上から従五位下へ進めた記事が見える。延長5年(927年)の『延喜式神名帳』では、周吉郡4座のうちの1座として小社に列した。
玉若酢命神社は古代の隠岐国府に近い下西の地に鎮座する。宮司家である億岐家は代々神職を務め、十挨命が応神天皇の任命により国造となったと伝えられている。神社の北西に位置する丘陵上には玉若酢命神社古墳群があり、前方後円墳1基と10基以上の円墳から構成され、島根県指定史跡となっている。
本殿は寛政5年(1793年)に建立されたもので、隠岐地方に特徴的な隠岐造の茅葺社殿である。随神門も江戸後期の建築で、桁行3間、梁間1間、一重、入母屋造、茅葺とされる。本殿および随神門は平成4年(1992年)1月21日に国の重要文化財に指定された。
境内には国指定天然記念物の八百杉がある。八百杉は昭和4年(1929年)12月に天然記念物に指定され、樹高約38m、根元周囲約20mの大杉である。毎年6月5日には御霊会風流が行われ、本殿祭、馬入れ神事、神幸祭が続いて執り行われる。
社格は式内社であり、隠岐国の総社、旧県社。
創建年代は詳しく伝わっていない。寛文7年(1667年)成立とされる『隠州視聴合紀』には、天武天皇の勅命により祀られたとする記述がある。社伝では、景行天皇が皇子を各国に分置した際、隠岐国に遣わされた大酢別命の御子が玉若酢命であると伝えられている。貞観13年(871年)閏8月29日、『日本三代実録』には蕤若酢神の神階を正六位上から従五位下へ進めた記事が見える。延長5年(927年)の『延喜式神名帳』では、周吉郡4座のうちの1座として小社に列した。
玉若酢命神社は古代の隠岐国府に近い下西の地に鎮座する。宮司家である億岐家は代々神職を務め、十挨命が応神天皇の任命により国造となったと伝えられている。神社の北西に位置する丘陵上には玉若酢命神社古墳群があり、前方後円墳1基と10基以上の円墳から構成され、島根県指定史跡となっている。
本殿は寛政5年(1793年)に建立されたもので、隠岐地方に特徴的な隠岐造の茅葺社殿である。随神門も江戸後期の建築で、桁行3間、梁間1間、一重、入母屋造、茅葺とされる。本殿および随神門は平成4年(1992年)1月21日に国の重要文化財に指定された。
境内には国指定天然記念物の八百杉がある。八百杉は昭和4年(1929年)12月に天然記念物に指定され、樹高約38m、根元周囲約20mの大杉である。毎年6月5日には御霊会風流が行われ、本殿祭、馬入れ神事、神幸祭が続いて執り行われる。
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神社詳細
摂末社・境内社
情報募集
例祭
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文化財
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建築
本殿 隠岐造茅葺
神紋
情報募集
出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%89%E8%8B%A5%E9%85%A2%E5%91%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE
島根県神社庁
https://www.shimane-jinjacho.or.jp/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%89%E8%8B%A5%E9%85%A2%E5%91%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE
島根県神社庁
https://www.shimane-jinjacho.or.jp/
