鷲原八幡宮 - 神社ファン

有名度

前頭

鷲原八幡宮

わしばらはちまんぐう

島根県鹿足郡津和野町鷲原イ632-2

島根県鹿足郡津和野町鷲原イ632-2

楼門

Naokijp(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 勝負
鷲原八幡宮には

「仕事系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
他に 「天満・天神系」 「不明(1柱)」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

鷲原八幡宮は島根県鹿足郡津和野町に鎮座する神社。御祭神は誉田別命、息長足姫命、玉依姫命、菅原道真公、吉見頼行公の5柱をまつる。
社格は旧村社。
社伝では、天暦年間(947年〜956年)に山根六左衛門尉が豊前国の宇佐八幡宮を勧請したことに始まると伝えられる。弘安5年(1282年)、吉見頼行が能登国から石見国木部村へ入国した。吉見氏は津和野に拠点を置いた。嘉慶元年(1387年)、吉見直頼の時代に鎌倉の鶴岡八幡宮を勧請したとする伝承がある。応永12年(1405年)、現在地に社殿を建立して遷座したと伝えられる。天文23年(1554年)、陶晴賢による三本松城の戦いで周辺寺社とともに焼失した。永禄11年(1568年)、吉見正頼が社殿を再建した。正徳元年(1711年)、津和野藩主亀井茲親により大規模な改修が行われ、拝殿が建立された。元禄8年(1695年)、亀井茲親が京都の北野天満宮から菅原道真公を勧請した。天満宮は鷲原天光山に鎮座したのち境内へ移され、慶応3年(1867年)に社殿老朽により八幡宮へ合併された。
吉見氏断絶後も津和野の守護神として崇敬され、坂崎氏、亀井氏の歴代藩主から崇敬を受けた。亀井氏の時代には祇園社、武霊社とともに津和野藩の三社とされた。明治6年(1873年)、村社に列した。平成23年(2011年)11月29日、本殿・拝殿・楼門が国の重要文化財に指定された。
本殿と楼門は永禄11年(1568年)の建築である。拝殿は正徳元年(1711年)の建築である。本殿、拝殿、楼門を一直線に配置し、拝殿と楼門の間に池と橋を設ける構成をもつ。楼門には翼廊が付く。本殿は三間社流造である。
社前には流鏑馬馬場が残る。馬場は島根県指定史跡である。流鏑馬神事は津和野町の無形民俗文化財に指定されている。境内には大杉があり、高さ約40m、周囲約8.7m、樹齢約600年とされる。
  • 村社
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 三間社流造

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B7%B2%E5%8E%9F%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE
島根県神社庁
https://www.shimane-jinjacho.or.jp/