吉見頼行
よしみよりゆき
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1003位
- 武人
鎌倉 [1250年~1309年]
吉見頼行とは?
吉見頼行(1250-1309)は源氏の祖である八幡太郎義家より数えて10代目に当たる鎌倉時代の武将。吉見氏とは源頼朝の弟範頼の孫為頼が武蔵国吉見庄に居を構えたことから吉見氏と称するようになった。しかし、為頼子供である為忠が能登国(現在の石川県)に移住し、武蔵国吉見氏は断絶している。頼行は能登吉見氏の庶流の家柄に当たり、蒙古が襲来した弘安の役の際に幕府の命令によって石見国(現在の島根県)に下向し海岸防備の役目についた。海路を経てたどり着いた頼行は津和野に一本松城を築城し役目を担いつつ石見吉見氏として土着し、以降14代およそ300年にわたり繁栄することになる。頼行が息子の代と合わせて30年間を費やして築城した一本松城は後に三本松城と改名され、現在では津和野城と呼ばれ城跡のみが残されている。 頼行は津和野に鎮座する鷲原八幡宮に祭神として祀られている。鷲原八幡宮は平安時代に宇佐八幡宮を勧請して創建された神社であるが、頼行が鎌倉八幡宮を再度勧請し、息子の頼直が現在の地に遷座して社殿を建立した。大祭でおこなわれる流鏑馬は日本最古にして唯一古来の原型をとどめている神事である。
ご神徳
ご神徳は不明です。
