伊川谷惣社 - 神社ファン

有名度

前頭

伊川谷惣社

いかわだにそうじゃ

兵庫県神戸市西区伊川谷町上脇1005番

兵庫県神戸市西区伊川谷町上脇1005番

拝殿

焼肉定食大盛り(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

伊川谷惣社以外にも 惣社神社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 恋愛
  • 仕事
  • 子供
伊川谷惣社には

「恋愛系」「仕事系」「子供系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

縁結び 五穀豊穣 商売繁盛 子授け

御祭神

大己貴尊 おおあなむちのみこと
素盞嗚尊 すさのおのみこと
経津主尊 ふつぬしのみこと
武甕槌尊 たけみかつちのかみ

神社系統

この神社の主な系統は

出雲・オオナムチ系

です。
他に 「祇園・須佐系」 「香取系」 「鹿島系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

伊川谷惣社は兵庫県神戸市西区に鎮座する神社。御祭神は大己貴尊、素盞嗚尊、経津主尊、武甕槌尊の4柱をまつる。
社格は式内社(不明)であり、旧郷社。
創建は伝承上、神功皇后の時代にさかのぼる。社伝では、神功皇后が朝鮮遠征からの帰途に明石川をさかのぼり当地に至り、大己貴尊を祀るよう命じたことに始まると伝えられている。その後の具体的な創建年代は明らかではないが、延久3年(1071年)に再建されたとの記録が伝わる。
この神社が「惣社」と称されるようになった背景には、地域の神々を集めて祀ったという由緒がある。伝承によれば、6世紀には大和王朝に関わる物部系の郡司によって郡中の神々が集められて祀られ、13世紀の鎌倉時代以降に「惣社」と呼ばれるようになったとされる。さらに、『延喜式』に見える物部神社や『国内鎮守大小明神社記』に記載された明石郡9座のうちの物部明神を当社に比定する伝承も残されている。こうした複数の伝承の重なりにより、伊川谷惣社は一村の鎮守にとどまらず、広域の祭祀を担う神社として認識されてきた。江戸時代には明石城主から篤い崇敬を受け、3石の黒印領が寄進されたと伝えられている。
社殿については、現在の本殿が宝暦11年(1761年)に旧社殿の古材を用いて造営されたものである。境内背後に位置する鬼神山には複数の古墳が存在し、出土した鏡や土器の形式から4世紀頃のものと推定されている。
また秋祭りが特に知られ、毎年「10月第1土曜日および翌日曜日」に斎行される。宵宮と昼宮に分かれて行われる神幸祭では、櫓太鼓や獅子舞、神輿、鳳輦、相撲、ふとん太鼓などが加わり、地域の総力を挙げた祭礼として現在に受け継がれている。
  • 郷社
  • 式内社(不明 論社)
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神社詳細

摂末社・境内社

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E5%B7%9D%E8%B0%B7%E6%83%A3%E7%A4%BE
兵庫県神社庁
https://www.hyogo-jinjacho.com/