美具久留御魂神社 - 神社ファン

有名度

前頭

美具久留御魂神社

みぐくるみたまじんじゃ

大阪府富田林市宮町3-2053

大阪府富田林市宮町3-2053

拝殿

Saigen Jiro(wikipedia CC0)

美具久留御魂神社以外にも 下水分社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 恋愛
  • 仕事
  • 子供
美具久留御魂神社には

「恋愛系」「仕事系」「子供系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

縁結び 五穀豊穣 商売繁盛 子授け

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

出雲・オオナムチ系

です。
他に 「水分系」 「ミヅハノメ系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

美具久留御魂神社は大阪府富田林市に鎮座する神社。御祭神は美具久留御魂神、天水分神、弥都波迺売命、国水分神、須勢理比売命の5柱をまつる。
社格は式内社であり、旧郷社。
社伝では、崇神天皇10年、この地に大蛇が現れて農民を悩ませたことから、これを大国主神の荒御魂として祀ったのが創祀とされる。さらに崇神天皇62年には神託により、活目入彦命(後の垂仁天皇)がこの地で祭祀を行い、美具久留御魂大神の神名を称えたと伝わる。
その後、朝廷の崇敬を受け、嘉祥3年(850年)には従5位上に叙されたと伝えられる。また光孝天皇から勅額を賜ったとされ、延喜式では官幣に列したとする伝承も残る。中世には楠木氏の崇敬を受け、建水分神社とともに氏神として信仰された。
境内には元禄8年(1695年)に奉納された朝鮮通信使絵馬が伝わり、李氏朝鮮の通信使船を描いた貴重な歴史資料として知られる。
また境内約6700坪の大半を占める山は「眞名井ヶ原」と称され、山そのものを御神体とする神体山信仰の形が現在も明確に残されている。社殿のみならず背後の自然地形を聖域として崇める構成は、この神社の大きな特色である。
  • 郷社
  • 式内社(小)
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神社詳細

摂末社・境内社

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神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%8E%E5%85%B7%E4%B9%85%E7%95%99%E5%BE%A1%E9%AD%82%E7%A5%9E%E7%A4%BE
大阪府神社庁
https://www.osaka-jinjacho.jp/