阿部野神社 - 神社ファン

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阿部野神社

あべのじんじゃ

大阪府大阪市阿倍野区北畠3-7-20

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大阪府大阪市阿倍野区北畠3-7-20

拝殿

KENPEI(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 安全
阿部野神社には

「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

公

交通安全

御祭神

北畠顕家公 きたばたけあきいえこう
親房公 ちかふさこう

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

阿部野神社は大阪府大阪市阿倍野区に鎮座する神社。御祭神は北畠顕家公、親房公の2柱をまつる。
社格は旧別格官幣社、現在は別表神社。
北畠顕家は元弘3年(1333)、陸奥守兼鎮守府将軍に任じられ、父の北畠親房とともに義良親王を奉じて陸奥へ下向した。建武2年(1335)に足利尊氏が後醍醐天皇から離反すると、顕家は奥州の軍勢を率いて上洛し、尊氏軍と戦った。延元元年(1336)には鎮守府大将軍となり、再び奥州へ戻った。
足利方が京都を占領し、後醍醐天皇が吉野へ移ると、顕家は延元2年(1337)に再び奥州を出発した。鎌倉を攻略した後、美濃国青野原で北朝方の軍勢を破り、伊勢方面を経て畿内へ進んだ。延元3年(1338)5月、阿倍野・石津周辺で高師直ら足利方の軍勢と戦い、21歳で戦死した。
現在の阿部野神社の鎮座地は、顕家と足利方の軍勢が戦った地にあたる。現在の御旅所には顕家の墓と伝えられる墓碑があり、明治11年(1878)2月には地域の人々によって顕家を祀る神社の創建運動が始まった。
明治14年(1881)1月、政府は北畠顕家と父の北畠親房を祭神とすることを決定した。明治15年(1882)1月24日には阿部野神社の社号が定められ、別格官幣社に列せられた。明治18年(1885)5月28日に創立し、明治23年(1890)3月31日に鎮座祭が斎行された。
昭和20年(1945)3月14日、戦災によって社殿が焼失した。同年12月から復興が始まり、祭神は仮社殿に奉祀された。その後も社殿の復興が進められ、昭和43年(1968)11月4日に現在の本殿が再建された。
境内には本殿のほか、御魂振之宮、勲之宮、旗上稲荷社、旗上芸能稲荷社などが鎮座する。御魂振之宮には天照大御神、三輪大神、少彦名大神、菅原道真公を祀り、勲之宮には北畠顕家に従って戦った南部師行公と一族郎党108名の御霊を祀る。
祭事では、1月24日に例大祭が斎行されるほか、北畠顕家公を祀る春季大祭、北畠親房公を祀る秋季大祭が行われる。夏祭りでは神輿が氏子地域を渡御し、獅子舞や子供による枕太鼓の曳行、夏越祓が行われる。
  • 別表神社
  • 別格官幣社
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

奥宮 御魂振之宮
天照大御神
三輪大神
少名彦大神
菅原道真公
摂社 勲之宮
南部師行公
なんぶもろゆきこう
その一族郎党百八名の方の御霊
末社 祖霊社
歴代宮司・奉賛会会長及び氏子総代会の方々の御霊
末社 旗上稲荷社
豊受稲荷大明神
高倉大明神
白鷹大明神
末社 土宮
大土地主之神
おおとこぬしのかみ
末社 旗上芸能稲荷社
大宮能売大神

例祭

歳旦祭(新年祭) 1月1日
成人祭・左義長(古神符焼上祭) 1月15日
例大祭 1月24日
節分祭 2月3日
祈年祭 2月17日
春季祖霊大祭 3月中旬
桜祭り 4月初旬
十三参り・勧学祭 4月中
旗上稲荷社大祭 5月10日
春季大祭 5月22日
夏祭り(宵宮祭) 7月21日
夏祭り(本宮祭) 7月22日
秋季祖霊大祭 9月中旬
旗上芸能稲荷社大祭 9月頃 観月(十五夜)
秋季大祭 10月18日
七五三詣 11月15日
新穀収穫感謝祭 11月23日
天長祭 12月23日
除夜祭 12月31日
月首祭 毎月1日
月次祭 毎月18日・22日

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://www.abenojinjya.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E9%83%A8%E9%87%8E%E7%A5%9E%E7%A4%BE
大阪府神社庁
https://www.osaka-jinjacho.jp/
[書籍]ご利益めぐり全国神社誌
巖谷小波・神社神徳研究会、展望社、1997年