堀川戎神社 - 神社ファン

有名度

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堀川戎神社

ほりかわえびすじんじゃ

大阪府大阪市北区西天満5-4-17

大阪府大阪市北区西天満5-4-17

拝殿

Oilstreet(wikipedia CC 表示 2.5)

かんたんご利益

  • 仕事
堀川戎神社には

「仕事系(有名)」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

大漁祈願 商売繁盛 産業発展

御祭神

主祭神

蛭児大神 えびすのおおかみ

配祀神

少彦名命 すくなひこなのみこと

配祀神

天太玉命 あめのふとだまのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

えびす系

です。
他に 「あわしま系」 「不明(1柱)」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

堀川戎神社は大阪府大阪市北区に鎮座する神社。御祭神は蛭児大神、少彦名命、天太玉命の3柱をまつる。
社格は旧村社。
堀川戎神社の創祀は、欽明天皇の時代にさかのぼると伝えられる。社伝によれば、止美連吉雄が蛭児大神の神託を受け、堀江で得た玉を御霊代として富島の地に蛭児大神を祀ったのが始まりである。当初は瓊見社、あるいは止美社と称されたという。さらに白雉2年(651年)に少彦名命、大宝3年(703年)に天太玉命が配祀され、現在の祭神構成が整えられていった。その後、平治元年(1159年)には平治の乱を避けて丹波国何鹿郡山家へ遷座したと伝えられる。中世に入ると文和年間(1352年~1355年)に現在地へ移され、この遷座以後、堀川戎社と呼ばれるようになった。
江戸時代中頃になると祭礼が大いににぎわうようになり、大阪の十日戎を代表する神社の一つとして広く知られるようになった。近代には明治40年(1907年)に近隣神社を合祀して堀川神社と改称し、村社に列格した。昭和20年(1945年)6月1日の第2回大阪大空襲では社殿が焼失したが、その後復興が進められ、昭和38年(1963年)に本殿と拝殿が再建された。
現在の本殿と拝殿は昭和38年(1963年)の再建によるものである。境内には淡島神社、松尾工匠神社、大国主社、菅原社などの末社が鎮座している。なかでも榎木神社は「地車稲荷」と通称され、地車の形をした本殿を持つことで知られる。もとは天満堀川の堀止付近に祀られていたが、明治40年(1907年)の合祀により境内へ移され、昭和33年(1958年)に現在の地車型本殿が再建された。
祭事では、1月9日から11日にかけて営まれる十日戎宝の市神事が特に有名である。この祭礼には多くの参拝者が訪れ、福笹を受けて商売繁盛を祈願する。ほかにも4月20日の春大祭、11月20日の例祭などが行われ、都市大阪の信仰と祭礼文化を今に伝えている。
  • 村社
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

摂社 榎木神社(地車稲荷)
句句廼知神
宇賀御魂神

例祭

十日戎宝の市神事 1月9日・10日・11日
春大祭 4月20日
例祭 11月20日

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://www.horikawa-ebisu.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A0%80%E5%B7%9D%E6%88%8E%E7%A5%9E%E7%A4%BE
大阪府神社庁
https://www.osaka-jinjacho.jp/