下御霊神社 - 神社ファン

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下御霊神社

しもごりょうじんじゃ

京都府京都市上京区新烏丸通丸太町下る信富町324

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京都府京都市上京区新烏丸通丸太町下る信富町324

鳥居と拝殿

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かんたんご利益

  • 健康
下御霊神社には

「健康系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

公

疫病災厄から守護

御祭神

本殿

吉備聖霊 きびのしょうりょう

本殿

崇道天皇 すどうてんのう

本殿

伊豫親王 いよしんのう

本殿

藤原大夫人 ふじわらのだいふじん

本殿

藤大夫 とうだいぶ

本殿

橘大夫 きつだいぶ

本殿

文大夫 ぶんだいぶ

本殿

火雷天神 からいのてんじん

相殿

天中柱皇神 あめのなかはしらのすめがみ

神社系統

この神社の主な系統は

「上下御霊系」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

下御霊神社は京都府京都市上京区に鎮座する神社。御祭神は吉備聖霊、崇道天皇、伊豫親王、藤原大夫人、藤大夫、橘大夫、文大夫、火雷天神、天中柱皇神の9柱をまつる。
社格は府社。
平安時代には、政争などによって非業の死を遂げた人々の霊を鎮める御霊信仰が広まった。貞観5年(863)5月20日には、神泉苑で朝廷による御霊会が行われ、崇道天皇、伊豫親王、藤原夫人、観察使、橘逸勢、文屋宮田麻呂の六座が祀られた。御霊会では読経のほか、雅楽や舞、散楽などが行われた。
下御霊神社の創祀年代は明らかでない。神泉苑の御霊会で祀られた六座に吉備聖霊と火雷天神を加えた八座を奉斎し、貞観年間(859~877)に創祀されたと伝わる。当初は愛宕郡出雲郷の下出雲寺境内に鎮座したとされ、上御霊神社の南に位置したことから下御霊神社と称された。
その後、新町出水の西へ遷座し、天正18年(1590)、豊臣秀吉による京都の都市整備に伴って現在地へ移された。江戸時代には朝廷から崇敬を受け、宮中の行事や神社の祭事に際して御代参や祈祷、神楽奉納が行われた。霊元天皇は享保8年(1723)と享保13年(1728)、修学院への行幸の途中に社頭へ立ち寄り、祈願を行っている。
天明8年(1788)の天明の大火では社殿が焼失した。寛政3年(1791)、仮皇居で使用されていた内侍所の仮殿が下賜され、本殿として移築された。現在の本殿はこの建物であり、本殿、幣殿、拝所、南北廊2棟、拝殿が京都市指定有形文化財に指定されている。表門は旧御所の建礼門を移築したものと伝わる。境内には山崎闇斎を祀る垂加社などの摂末社も鎮座する。
祭礼では5月1日に神幸祭、5月第3または第4日曜日に還幸祭が斎行される。還幸祭では鳳輦と神輿が氏子区域を巡行する。鳳輦は大正12年(1923)に新造されたもので、大宮神輿は宝永6年(1709)に東山天皇から寄進された神輿を基にする。8月17日の前夕神事では宮中御神楽、翌18日の例祭では東遊が奉奏される。
  • 県社
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神社詳細

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出典
公式サイト
http://shimogoryo.main.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E5%BE%A1%E9%9C%8A%E7%A5%9E%E7%A4%BE