有名度
前頭伊奈冨神社
いのうじんじゃ
三重県鈴鹿市稲生西2-24-20
三重県鈴鹿市稲生西2-24-20

かんたんご利益
- 恋愛
- 健康
- 仕事
- 学業
- 厄除
- 家庭
伊奈冨神社には
「恋愛系」「健康系」「仕事系」「学業・技芸系」「厄除・開運系」「家庭系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
五穀豊穣 諸業繁栄 商売繁盛 家内安全 厄除開運 良縁成就 学業成就 病気平癒
御祭神
公
大宮 主祭神
保食神大国道命 うけもちのかみおおくにみちのみこと
西宮 相殿神
豊宇賀能賣命 とようかのめのみこと
西宮 相殿神
稚産霊神 わかむすびのかみ
三大神 相殿神
鳴雷光神 なるいかづちひかりのかみ
三大神 相殿神
大山祇命 おおやまつみのみこと
神社系統
この神社の主な系統は
「稲荷系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
伊奈冨神社は三重県鈴鹿市に鎮座する神社。御祭神は保食神大国道命、豊宇賀能賣命、稚産霊神、鳴雷光神、大山祇命の5柱をまつる。
社格は式内社であり、旧県社。また伊勢国の総社であった可能性が指摘されている。
社伝によれば、神代の昔、東ヶ岡(現在の鈴鹿サーキット地内)に神霊が出現したことに始まり、崇神天皇5年に神告を受けて社殿の地を占い、神路ヶ岡に大宮・西宮・三大神の3社を鎮祭したと伝えられる。以後、仲哀天皇の皇子である品屋別命の子孫とされる磯部氏が代々神職を務め、神社の祭祀を担ってきたという。雄略天皇5年には幣物が奉納され、主祭神の保食神に「那江大国道命」の神号が贈られたと伝承されている。
奈良時代の天平年間には行基が当地に神宮寺を建立したとされ、平安時代の天長年間には弘法大師が参籠し、菩薩堂を建てて本地仏を祀り、獅子頭を奉納したとの伝承が残る。また、この時に七島池を一夜にして造ったという説話も記録されている。貞観7年(865年)には神階が進み、延喜式内社に列したと伝えられる。鎌倉時代中頃には正一位に進階し、文永11年(1274年)には3社それぞれに勅額が下され、「正一位稲生大明神」と称されたという。中世以降は武家からの崇敬も厚く、惟康親王による神田寄進や、北畠国司による社領の寄進が記録されている。江戸時代に入ると、元文年間に紀伊徳川家から造営料を受け、3社を対象とした大規模な造営が行われたと伝わる。
境内には県指定名勝の伊奈冨神社庭園(通称「七島池」)が広がる。鈴鹿市による調査では、池の築造は少なくとも平安時代末期まで遡る可能性が高いとされ、室町時代や江戸時代に大規模な改修が施されたことも明らかになっている。
文化財も多く、国指定重要文化財の扁額「正一位稲生大明神」3面をはじめ、神像、県指定文化財の能面や獅子頭などが伝世する。また、県指定無形民俗文化財である獅子舞(獅子神楽)も現在まで継承され、地域の信仰と結びついた芸能として守られている。
祭事は4月16日の例祭を中心に、境内のむらさきつつじの開花期にあわせたつつじまつり(4月上旬から中旬頃)、6月30日の大祓式、7月14日の天王祭、10月の名月に近い日に行われる観月会などがあり、年間を通して多彩な神事が斎行されている。
社格は式内社であり、旧県社。また伊勢国の総社であった可能性が指摘されている。
社伝によれば、神代の昔、東ヶ岡(現在の鈴鹿サーキット地内)に神霊が出現したことに始まり、崇神天皇5年に神告を受けて社殿の地を占い、神路ヶ岡に大宮・西宮・三大神の3社を鎮祭したと伝えられる。以後、仲哀天皇の皇子である品屋別命の子孫とされる磯部氏が代々神職を務め、神社の祭祀を担ってきたという。雄略天皇5年には幣物が奉納され、主祭神の保食神に「那江大国道命」の神号が贈られたと伝承されている。
奈良時代の天平年間には行基が当地に神宮寺を建立したとされ、平安時代の天長年間には弘法大師が参籠し、菩薩堂を建てて本地仏を祀り、獅子頭を奉納したとの伝承が残る。また、この時に七島池を一夜にして造ったという説話も記録されている。貞観7年(865年)には神階が進み、延喜式内社に列したと伝えられる。鎌倉時代中頃には正一位に進階し、文永11年(1274年)には3社それぞれに勅額が下され、「正一位稲生大明神」と称されたという。中世以降は武家からの崇敬も厚く、惟康親王による神田寄進や、北畠国司による社領の寄進が記録されている。江戸時代に入ると、元文年間に紀伊徳川家から造営料を受け、3社を対象とした大規模な造営が行われたと伝わる。
境内には県指定名勝の伊奈冨神社庭園(通称「七島池」)が広がる。鈴鹿市による調査では、池の築造は少なくとも平安時代末期まで遡る可能性が高いとされ、室町時代や江戸時代に大規模な改修が施されたことも明らかになっている。
文化財も多く、国指定重要文化財の扁額「正一位稲生大明神」3面をはじめ、神像、県指定文化財の能面や獅子頭などが伝世する。また、県指定無形民俗文化財である獅子舞(獅子神楽)も現在まで継承され、地域の信仰と結びついた芸能として守られている。
祭事は4月16日の例祭を中心に、境内のむらさきつつじの開花期にあわせたつつじまつり(4月上旬から中旬頃)、6月30日の大祓式、7月14日の天王祭、10月の名月に近い日に行われる観月会などがあり、年間を通して多彩な神事が斎行されている。
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神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
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文化財
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建築
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神紋
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出典
公式サイト
http://inou-jinja.com/
三重県神社庁
https://www.mie-jinjachou.page/
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