菅生神社 愛知県 - 神社ファン

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菅生神社

すごうじんじゃ

愛知県岡崎市康生町630番ノ1

愛知県岡崎市康生町630番ノ1

かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 厄除
菅生神社には

「健康系」「仕事系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣 災難除け 疫病除け

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

伊勢・神明系」 「祇園・須佐系

です。
他に 「天満・天神系」 「東照宮系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

菅生神社は愛知県岡崎市に鎮座する神社。御祭神は天照皇大神、豊受姫命、須佐之男命、菅原道真公、徳川家康公の5柱をまつる。
社格は旧郷社。
起源は伝承によれば、景行天皇の時代である110年10月、日本武尊が東国平定の途上でこの地に立ち、伊勢大神を勧請して社を建て、「吹矢大明神」と称したことに始まるという。放たれた矢が神風によって吹き流されたという物語は、のちに武門の守護と結びつき、神社の象徴的な由緒として語り継がれてきた。
その後も信仰は重なり、725年(神亀2年)には京都伏見から稲荷大明神を迎えて合祀し、社地を移したとされる。中世に入ると、1517年(永正14年)の洪水により牛頭大王が漂着したことを契機に、翌1518年(永正15年)に本社が造営され、「菅生天王」と称されるようになったと伝えられている。
戦国期には、1566年(永禄9年)に徳川家康が社殿を再建したとされるほか、家康が25歳のときに厄除や開運を祈願し、造営や寄進を行ったことも伝承として残る。松平氏・徳川氏の厚い崇敬を受け、城内鎮守の守護神として城主代々の祈願所となり、修復や造営が重ねられていった点は、岡崎の政治的中心と神社が密接に結びついていたことを示している。
近代には1868年(明治元年)に社名を菅生神社と改め、1876年(明治9年)以降は移転を重ねたのち、1901年(明治34年)に現在地へと落ち着いた。さらに1945年(昭和20年)7月19日未明の岡崎空襲によって社殿は焼失したが、その後に再建され、現在へと信仰が受け継がれている。
境内に立つ明神型石鳥居は、寛永15年(1638年)の建立とされ、岡崎市指定文化財(建造物)に指定されている。
また、菅生祭は厄災の除去を祈願する祭礼として知られ、7月19日の宵宮祭、7月20日の例大祭、8月第1土曜日に行われる鉾船神事と奉納花火が中心となる。江戸時代の文化・文政期には、菅生川(乙川)に提灯を付けた鉾船を浮かべ、金魚花火や手筒花火を奉納してきたとされ、現在も花火大会と結びつきながら、城下の夏を象徴する行事として受け継がれている。
  • 郷社
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公式サイト
http://sugojinja.jp/