護山神社 - 神社ファン

有名度

前頭

護山神社

もりやまじんじゃ

岐阜県中津川市付知町1594番地

岐阜県中津川市付知町1594番地

拝殿

Opqr(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 安全
護山神社には

「仕事系」「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

諸産業守護 海上安全

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

三島・大山祇系

です。
他に 「鹿島系」 「香取系」 「不明(2柱)」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

護山神社は岐阜県中津川市に鎮座する神社。御祭神は大山祇命[山神]、武甕槌命[鹿島神]、経津主命[香取神]、句句廼馳命[木祖]、草野姫命[草祖]の5柱をまつる。
社格は旧県社。
護山神社は、木曽山を霊山として鎮護し、草木を育み人々に恵みをもたらすことを願う趣旨のもとに創祀された神社である。
その背景には、木曽の山々が14世紀以来およそ700年にわたり伊勢神宮の式年遷宮御用材を産出し、霊山として保全されてきたという歴史がある。文安5年(1448年)に南禅寺仏殿の材を、江戸時代に江戸城の造営材を供出したとも伝えられ、木曽山は国家的事業を支える山林として扱われてきた。
天保9年(1838年)、江戸城西の丸焼失により再建が急務となり、裏木曽および木曽山中から大量の御用材が伐り出された。その後、山中で山鳴りや山火事などの異変が相次ぎ、江戸城や大奥においても怪異が起こったと伝えられている。これらは山神の祟りと受け止められ、幕府は伐採された切株に注連縄を張り巡らせ、山神慰藉の祭典を執り行わせた。
こうした経緯を受け、天保11年(1840年)、第12代将軍徳川家慶の台命により山中に奥社が創建され、天保14年(1843年)には祭典・参拝の利便を図って本社が建立された。奥社および本社の創建に関わる現場の指揮と、創建後の神社経営は木曽山林を管轄していた尾張藩に託され、護山神社は尾張藩の祈願社として木曽林政の象徴的存在となった。当時は尾張十社の一つに数えられ、歴代藩主からも重んじられたとされる。
明治維新後は、木曽山が御料林、さらに神宮御造営材備林として位置づけられる中で、山林守護の神として崇敬を受けた。明治6年(1873年)には付知村・加子母村を氏子区域として郷社に列し、大正12年(1923年)には岐阜県の県社に昇格している。
また、護山神社には木曽山と林業の歴史を今に伝える文化的遺産が伝承されている。山仕事の労苦と信仰を背景に唄い継がれてきた木遣音頭は、現在は岐阜県指定重要無形民俗文化財となっている。さらに境内には中津川市指定天然記念物「井出之小路の木曽大ヒノキ」の標本が伝えられ、御用材を支えてきた木曽山の歴史を物証として伝えている。
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神社詳細

公式URL

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出典
公式サイト
http://www.moriyama-jinja.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AD%B7%E5%B1%B1%E7%A5%9E%E7%A4%BE
岐阜県神社庁
https://www.gifu-jinjacho.jp/