藤塚神社 - 神社ファン

有名度

前頭

藤塚神社

ふじつかじんじゃ

石川県白山市美川南町ヌ167

石川県白山市美川南町ヌ167

かんたんご利益

  • 厄除
藤塚神社には

「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

魔除け 厄除け 鬼門除け

御祭神

大山咋神 おおやまぐいのかみ
大己貴神 おおなむちのかみ
天照大神 あまてらすおおかみ

神社系統

この神社の主な系統は

日吉・山王系

です。
他に 「出雲・オオナムチ系」 「伊勢・神明系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

藤塚神社は石川県白山市に鎮座する神社。御祭神は大山咋神、大己貴神、天照大神の3柱をまつる。
社格は旧県社。
藤塚神社の起源は、寿永年間(1182~1184年)にこの地で「山王権現」として創建されたことに始まる。もともとこの地域は「藤塚」と称され、社名の由来にもなっていた。当初は神仏習合の形態であった山王社であり、近隣には天台宗の寺院「白山元吉寺」が存在していたとの伝承がある。しかし寿永年間以降、水害などにより藤塚および元吉寺は荒廃し、寺は破却されたという。その後、室町時代の明応8年(1499年)に藤塚と近隣の波佐場地域をあわせて地名を改め「元吉」と称した。さらに天正年間(1573~1592年)には真言宗の僧侶 快覚が山王権現と元吉寺を再興した。江戸時代、元禄~寛文期あたりには、社域周囲に町民の奉仕で石積みの塀が築かれ、かつて海を望む高台に位置していたため「望海陵(あるいは美陵)」と称された。江戸中期以降、この地域の海運と交易の発展とともに、当社は港町にとって重要な産土神となり、港を往来する商人、特に北前船主から信仰を集めた。明治維新後の神仏分離(廃仏毀釈)により、山王権現は本吉日吉社と改められ、寺院であった世尊院は廃絶された。
明治5年(1872年)には藤塚日吉社、明治7年(1874年)に藤塚神社と改称され、同年に旧藩主である 前田斉泰公 の御染筆による大社頭額が拝殿に掲げられた。明治13年(1880年)には県社に列せられ、明治39年(1906年)には神饌幣帛料供進指定を受けた。
春季大祭「おかえり祭り」は江戸時代中期から続き、かつての北前船主や港町の繁栄を背景に発展した。祭礼では、高浜御旅所まで神輿が神幸し、翌日に藤塚神社へ還御する「還幸祭」が行われる。大神輿に加え町内10町主体の13基もの豪華な台車が巡行し、紋付袴の氏子青年団による華やかな行列とラッパ隊が先導する。その様は北前船の隆盛を偲ばせる港町の風情を今に伝える。このおかえり祭りは平成13年に石川県の無形民俗文化財に指定され、また天保7年(1836年)に寄進された大神輿は現在、白山市の文化財に指定されている。
  • 県社
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出典
公式サイト
http://fujitukajinja.com/
石川県神社庁
https://www.ishikawa-jinjacho.or.jp/