蒼柴神社 - 神社ファン

有名度

前頭

蒼柴神社

あおしじんじゃ

新潟県長岡市悠久町707番地

新潟県長岡市悠久町707番地

拝殿

Fra.Orbis.mundi(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 仕事
蒼柴神社には

「仕事系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

豊漁 商売繁盛 五穀豊穣

御祭神

主祭神

牧野駿河守源忠辰 まきのただとき

配祀

事代主命 ことしろぬしのみこと

合祀神

天照皇大御神 あまてらすすめおおみかみ

合祀神

白山比売神 しらやまひめのかみ

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」 「えびす系

です。
他に 「伊勢・神明系」 「白山系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

蒼柴神社は新潟県長岡市に鎮座する神社。御祭神は牧野駿河守源忠辰、事代主命、天照皇大御神、白山比売神の4柱をまつる。
社格は旧県社。
蒼柴神社の由来は、まず長岡藩三代藩主である牧野忠辰公が、神道を深く信奉していたことに始まる。没後、京都の吉田管領家から「蒼柴霊神」「蒼柴大明神」の神号が贈られたという記録がある。忠辰公を敬慕した四代藩主忠寿(ただかず)が、まず長岡城本丸東北の地に社を建立し、忠辰公および尊崇されていた事代主命を祀った。その後、九代藩主忠精(ただきよ)は忠辰公の五十回忌にあたる年に、現在の「悠久山(ゆうきゅうざん)」と呼ばれる地へ遷座を決定し、享保年間から造営に着手して天明元年(1781年)に現在の社殿が竣工した。遷座にあたっては、社殿が江戸幕府期において戦火や災害を免れてきたことも記録されており、明治維新期の北越戊辰戦争や太平洋戦争期の長岡空襲、さらに平成の中越地震の被害を受けながらも社殿が焼失・倒壊を逃れたという地域史の中での堅牢な姿も伝えられている。 社殿完成の背景には「日光東照宮を模した権現造り」という意図もあったとされ、この造営によって藩主・牧野氏の霊を祀る社として、藩政期から明治以降にかけて長岡市の歴史・文化を象徴する存在となった。拝殿と本殿は国の登録有形文化財に指定された。
毎年5月6日が春季大祭の日程となっており、例年この日に神輿渡御が行われるほか、9月17日が秋季例大祭として案内されている。
  • 県社
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

境内社 招魂社
境内社 稲荷社
祭神不明

例祭

情報募集

文化財

蒼柴神社本殿
国 登録有形文化財
建造物 平成18年11月29日指定
蒼柴神社拝殿
国 登録有形文化財
建造物 平成18年11月29日指定

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
公式サイト
https://www.aoshijinja.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%92%BC%E6%9F%B4%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
新潟県神社庁
https://niigata-jinjacho.jp/