金佐奈神社 埼玉県本庄市四方田 - 神社ファン

有名度

前頭

金佐奈神社

かなさなじんじゃ

埼玉県本庄市四方田228-1

埼玉県本庄市四方田228-1

金佐奈神社以外にも 産泰神社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 子供
金佐奈神社には

「子供系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

女性の守護神 安産

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

金鑽系

です。
他に 「不明(2柱)」 「浅間・サクヤビメ系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

金佐奈神社は埼玉県本庄市に鎮座する神社。御祭神は天照大神、素盞嗚尊、日本武尊、瓊瓊杵尊、木花開耶姫命、火火出見尊の6柱をまつる。
四方田は、武蔵七党の一つである児玉党に属した四方田氏の本拠地であった。地内の「堀の内」には四方田氏の居館跡が残されており、当社の境内はその館跡の東端に位置している。このことからも、当社の創建には四方田氏が深く関わっていたと考えられる。『児玉郡誌』によれば、当社は四方田五郎左衛門資綱がこの地に城砦を築いた際、その守護神として勧請されたと伝えられている。また、延元2年(1337)、北畠顕家が薊山合戦の際に戦勝を祈願し、勝利を収めたことから奉賽として兜を奉納したとの記録も残されている。
元禄年間(1688~1704)以降は、地元の杉田家が代々神職を務めてきた。『新編武蔵風土記稿』四方田村の項には「金鑚神社 吉田家の配下、杉田摂津の持、村の鎮守なり」とあり、杉田家による祭祀が確固たるものであったことを示している。同家には元禄11年(1698)以降の裁許状六通の写しも伝わっており、明治以降も杉田家が伊勢守・嘉内・力衛・右一・泉司・孝好と代々神職を継承し、現在に至っている。また、当社は一般に「産泰様」と呼ばれている。これは当社が産泰神社との合殿であり、産泰信仰が広く親しまれていたためである。大正10年ごろには「金佐奈産泰神社」と社名を改めようとする動きもあったが、実現には至らなかった。
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神社詳細

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出典
埼玉県神社庁
https://www.saitama-jinjacho.or.jp/