有名度
前頭佐波波地祇神社
さわわちぎじんじゃ
茨城県北茨城市大津町1532番地
茨城県北茨城市大津町1532番地

Zeter114514(wikipedia CC 表示-継承 4.0)
かんたんご利益
- 仕事
- 安全
- 家庭
佐波波地祇神社には
「仕事系」「安全系」「家庭系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
国家鎮護 国運開発 万物生命の守護 目的達成 海上守護 家内安全 交通安全 民業(漁業農業商業工業等)の祈願の萬願成就
御祭神
天日方奇日方命 あめひかたくしひかたのみこと
大己貴命 おおなむちのみこと
積羽八重事代主命 つみはやえことしろぬしのみこと
大物主命 おおものぬしのみこと
媛蹈鞴五十鈴姫命 ひめたたらいすずひめのみこと
五十鈴依姫命 いすずよりひめのみこと
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(1柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
佐波波地祇神社は茨城県北茨城市に鎮座する神社。御祭神は天日方奇日方命、大己貴命、積羽八重事代主命、大物主命、媛蹈鞴五十鈴姫命、五十鈴依姫命の6柱をまつる。
社格は式内社の論社であり、旧郷社。
佐波波地祇神社の創立は非常に古く、延喜式神名帳には常陸国二十八座のうち、多珂郡の一座小として記されている。また、日本三代実録には、清和天皇の貞観元年(859年)に佐波波神に従五位下の位が授けられたと記されており、創建は少なくとも約1200年前、斎衡や天安の頃と考えられる。古くは佐波波神や六所明神とも呼ばれ、元禄年間には徳川光圀公がその神徳を敬い、神鏡を奉納して「大宮大明神」と尊称したと伝えられる。
また、社伝によれば、昔、大和の武尊が東征の途中、大津の沖で逆風に遭い漂流した際、白衣の神人が夢枕に現れ「私は佐波々の神。皇子の船を守るために来た」と告げた。その通りに海は穏やかになり、遠くに神社の森が見えたため、武尊は使いを送り幣を奉納したという。その後も、源義公(光圀)が北方を船で探検していた際、船が漂流しかけたが、この神山の松影を目印に進路を整え、無事に岸にたどり着いたと伝わる。
社格は式内社の論社であり、旧郷社。
佐波波地祇神社の創立は非常に古く、延喜式神名帳には常陸国二十八座のうち、多珂郡の一座小として記されている。また、日本三代実録には、清和天皇の貞観元年(859年)に佐波波神に従五位下の位が授けられたと記されており、創建は少なくとも約1200年前、斎衡や天安の頃と考えられる。古くは佐波波神や六所明神とも呼ばれ、元禄年間には徳川光圀公がその神徳を敬い、神鏡を奉納して「大宮大明神」と尊称したと伝えられる。
また、社伝によれば、昔、大和の武尊が東征の途中、大津の沖で逆風に遭い漂流した際、白衣の神人が夢枕に現れ「私は佐波々の神。皇子の船を守るために来た」と告げた。その通りに海は穏やかになり、遠くに神社の森が見えたため、武尊は使いを送り幣を奉納したという。その後も、源義公(光圀)が北方を船で探検していた際、船が漂流しかけたが、この神山の松影を目印に進路を整え、無事に岸にたどり着いたと伝わる。
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神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
情報募集
例祭
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文化財
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建築
本殿 流造銅板葺
神紋
情報募集
出典
公式サイト
https://www.sawawachigi.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E6%B3%A2%E6%B3%A2%E5%9C%B0%E7%A5%87%E7%A5%9E%E7%A4%BE
茨城県神社庁
https://www.ibarakiken-jinjacho.or.jp/
https://www.sawawachigi.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E6%B3%A2%E6%B3%A2%E5%9C%B0%E7%A5%87%E7%A5%9E%E7%A4%BE
茨城県神社庁
https://www.ibarakiken-jinjacho.or.jp/
