有名度
十両二井田八幡神社
にいだはちまんじんじゃ
秋田県大館市二井田字贄ノ里4
秋田県大館市二井田字贄ノ里4

かんたんご利益
- 仕事
- 勝負
二井田八幡神社には
「仕事系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利
御祭神
誉田別大神 ほむたわけのおおかみ
天照皇大神 あまてらすすめおおかみ
大山祇命 おおやまつみのみこと
菅原大神 すがわらのおおかみ
神社系統
この神社の主な系統は
「八幡系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
二井田八幡神社は秋田県大館市に鎮座する神社。御祭神は誉田別大神、天照皇大神、大山祇命、菅原大神の4柱をまつる。
社格は旧村社。
創立年代は明らかでない。もとは諏訪八幡と称していたが、藤原泰衡にまつわる伝承から、後に泰衡八幡と呼ばれるようになった。
文治5年(1189)、源頼朝の軍勢に追われた藤原泰衡は、家臣の河田次郎行文を頼って二井田贄の柵へ逃れたものの、行文によって殺害されたという。泰衡の最期を哀れんだ村人たちは、自然石を立て、その霊をひそかにまつったと伝えられる。
その後、村で怪異が相次いだことから、人々は泰衡の祟りによるものと考え、その霊を慰めるため出向の地に堂を建立し、錦堂と称した。さらに、村の鎮守であった諏訪八幡を泰衡八幡へ改めて泰衡をまつったところ、怪異は収まり、村も栄えるようになったという。明治6年(1873)には村社へ列格し、明治40年(1907)には神饌幣帛料供進神社に指定された。明治43年(1910)には同村字高村の神明社を合併し、昭和35年(1960)に社号を二井田八幡神社へ改めた。こうして藤原泰衡の慰霊にまつわる伝承を今に伝えている。例祭日は旧暦8月15日である。
社格は旧村社。
創立年代は明らかでない。もとは諏訪八幡と称していたが、藤原泰衡にまつわる伝承から、後に泰衡八幡と呼ばれるようになった。
文治5年(1189)、源頼朝の軍勢に追われた藤原泰衡は、家臣の河田次郎行文を頼って二井田贄の柵へ逃れたものの、行文によって殺害されたという。泰衡の最期を哀れんだ村人たちは、自然石を立て、その霊をひそかにまつったと伝えられる。
その後、村で怪異が相次いだことから、人々は泰衡の祟りによるものと考え、その霊を慰めるため出向の地に堂を建立し、錦堂と称した。さらに、村の鎮守であった諏訪八幡を泰衡八幡へ改めて泰衡をまつったところ、怪異は収まり、村も栄えるようになったという。明治6年(1873)には村社へ列格し、明治40年(1907)には神饌幣帛料供進神社に指定された。明治43年(1910)には同村字高村の神明社を合併し、昭和35年(1960)に社号を二井田八幡神社へ改めた。こうして藤原泰衡の慰霊にまつわる伝承を今に伝えている。例祭日は旧暦8月15日である。
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出典
秋田県神社庁
https://akita-jinjacho.sakura.ne.jp/
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