有名度
前頭上位唐松神社
からまつじんじゃ
秋田県大仙市協和境字下台94
秋田県大仙市協和境字下台94

932riv (wikipedia CC 表示-継承 4.0)
かんたんご利益
- 恋愛
- 子供
唐松神社には
「恋愛系」「子供系(有名)」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
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ご利益
庁
女性一代の守神 授子安産子安の神
御祭神
軻遇突命 かぐつちのみこと
息気長足姫命 おきながたらしひめのみこと
豊宇気姫命 とようけひめのみこと
高皇魂命 たかみむすびのみこと
神皇魂命 かみむすびのみこと
神社系統
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
古四王神社は秋田県秋田市に鎮座する神社。御祭神は武甕槌命、大彦命の2柱をまつる。
社格は旧郷社。
唐松神社を奉斎してきた物部家の古記録には、物部守屋の子とされる那加世が一族の滅亡後に大和を離れ、現在の大仙市協和境へ至り、祖先神をまつる韓服宮を建立したと伝えられている。その後、息気長足姫命が合祀されたという。
物部家に伝わる系図では、天元5年(982年)に物部長文がこの地へ定着し、天地創成の神々と天神地祇を奉斎したと記される。さらに長徳2年(996年)には氏神である火結神(現在の軻遇突命)を奉斎した。神社は韓服宮、韓服神社などと称され、永正6年(1509年)以後に唐松神社の名称が見られるようになった。
康平6年(1063年)の棟札には、八幡太郎源義家が出羽国仙北郡境庄の社殿を修復し、神田72町歩を寄進して蛇頭神楽を奉納したことが記されている。また、源義家は物部長秀に唐松山光雲寺明寿の号を与え、神社は唐松山光雲寺とともに神仏習合の信仰を伝えた。その後、蛇頭神楽は仙北地方を巡回し、唐松神社には獅子頭が伝えられた。
平安時代後期には不空羂索観音坐像が安置され、江戸時代には秋田六郡三十三観音霊場第18番札所となった。延宝8年(1680年)には秋田藩主佐竹義処が社殿を修復し、唐松岳にあった拝殿を現在地へ移した。同じ頃、羽州街道沿いに宿場町が整備され、参道には杉並木が植えられた。
宝永年間(1704~1711年)には、佐竹義処の娘で秋月藩黒田家へ嫁いだ久姫が難産の際に唐松神社へ祈願し、出産後に獅子頭を奉納したと伝えられる。佐竹義処は唐松神社を「女一代守神」と定め、藩内では授子・安産を願う唐松講が結成された。大正15年(1926年)頃には講中が約3万5千戸に達し、信仰は広く秋田県内外へ広がった。明治初期の神仏分離により唐松山光雲寺は廃され、唐松神社は神社として祭祀を継承している。
本殿内部に安置される唐松神社奥殿は、斗栱や軸部の構造、装飾の特徴から室町時代後期の16世紀後半に建立されたとされ、昭和48年(1973年)12月11日に秋田県有形文化財に指定された。参道の杉並木は延宝8年(1680年)の遷座の頃に植えられたと伝わり、秋田県指定天然記念物となっている。蛇頭神楽は大仙市指定無形文化財、伝来する木造獅子頭は秋田県指定有形文化財である。境内には唐松山権現社、稲荷神社、山神社、水神社、手の神さま、八幡神社が鎮座し、例祭は5月3日、御護摩祭は1月8日に執り行われる。
社格は旧郷社。
唐松神社を奉斎してきた物部家の古記録には、物部守屋の子とされる那加世が一族の滅亡後に大和を離れ、現在の大仙市協和境へ至り、祖先神をまつる韓服宮を建立したと伝えられている。その後、息気長足姫命が合祀されたという。
物部家に伝わる系図では、天元5年(982年)に物部長文がこの地へ定着し、天地創成の神々と天神地祇を奉斎したと記される。さらに長徳2年(996年)には氏神である火結神(現在の軻遇突命)を奉斎した。神社は韓服宮、韓服神社などと称され、永正6年(1509年)以後に唐松神社の名称が見られるようになった。
康平6年(1063年)の棟札には、八幡太郎源義家が出羽国仙北郡境庄の社殿を修復し、神田72町歩を寄進して蛇頭神楽を奉納したことが記されている。また、源義家は物部長秀に唐松山光雲寺明寿の号を与え、神社は唐松山光雲寺とともに神仏習合の信仰を伝えた。その後、蛇頭神楽は仙北地方を巡回し、唐松神社には獅子頭が伝えられた。
平安時代後期には不空羂索観音坐像が安置され、江戸時代には秋田六郡三十三観音霊場第18番札所となった。延宝8年(1680年)には秋田藩主佐竹義処が社殿を修復し、唐松岳にあった拝殿を現在地へ移した。同じ頃、羽州街道沿いに宿場町が整備され、参道には杉並木が植えられた。
宝永年間(1704~1711年)には、佐竹義処の娘で秋月藩黒田家へ嫁いだ久姫が難産の際に唐松神社へ祈願し、出産後に獅子頭を奉納したと伝えられる。佐竹義処は唐松神社を「女一代守神」と定め、藩内では授子・安産を願う唐松講が結成された。大正15年(1926年)頃には講中が約3万5千戸に達し、信仰は広く秋田県内外へ広がった。明治初期の神仏分離により唐松山光雲寺は廃され、唐松神社は神社として祭祀を継承している。
本殿内部に安置される唐松神社奥殿は、斗栱や軸部の構造、装飾の特徴から室町時代後期の16世紀後半に建立されたとされ、昭和48年(1973年)12月11日に秋田県有形文化財に指定された。参道の杉並木は延宝8年(1680年)の遷座の頃に植えられたと伝わり、秋田県指定天然記念物となっている。蛇頭神楽は大仙市指定無形文化財、伝来する木造獅子頭は秋田県指定有形文化財である。境内には唐松山権現社、稲荷神社、山神社、水神社、手の神さま、八幡神社が鎮座し、例祭は5月3日、御護摩祭は1月8日に執り行われる。
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神社詳細
摂末社・境内社
例祭
例祭 5月3日
文化財
唐松神社奥殿
秋田県 指定有形文化財
建造物 昭和48年12月11日指定
建造物 昭和48年12月11日指定
木造獅子頭
秋田県 指定文化財
彫刻 昭和50年4月10日指定
彫刻 昭和50年4月10日指定
唐松神社のスギ並木
秋田県 天然記念物
文化財種別不明 昭和48年12月11日指定
文化財種別不明 昭和48年12月11日指定
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%90%E6%9D%BE%E7%A5%9E%E7%A4%BE
秋田県
https://www.pref.akita.lg.jp/pages/genre/15483
秋田県神社庁
https://akita-jinjacho.sakura.ne.jp/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%90%E6%9D%BE%E7%A5%9E%E7%A4%BE
秋田県
https://www.pref.akita.lg.jp/pages/genre/15483
秋田県神社庁
https://akita-jinjacho.sakura.ne.jp/
