七崎神社 - 神社ファン

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七崎神社

ならさきじんじゃ

青森県八戸市豊崎町字永福寺127-2

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青森県八戸市豊崎町字永福寺127-2

かんたんご利益

  • 金運
  • 厄除
七崎神社には

「金運系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

富と福を授かる強運 

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(柱)」

です。
他に 「出雲・オオナムチ系」 「伊勢・神明系」 「天満・天神系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

七崎神社は青森県八戸市に鎮座する神社。御祭神は伊弉册命、大国主大神、天照皇大神、天満大自在天神の4柱をまつる。
社格は旧郷社。
社伝によると、七崎神社の起源は平安時代にさかのぼる。南都の四条中納言・藤原諸江が勅勘を受けて流刑となり、現在の八戸市白銀付近へ上陸した。天長元年(824)4月7日、八太郎で漁をしていた際に網へ霊体がかかったため、白銀の清水川上段に小社を建てて安置したと伝えられる。
承和元年(834)正月7日、藤原諸江は霊夢を受けて霊体を七崎山へ移し、観音堂を建立して七崎聖観音菩薩を本尊とした。これが七崎山徳楽寺の始まりとされ、現在も旧暦正月7日に「おこもり」が行われている。
七崎山徳楽寺は糠部三十三観音第15番札所となり、七崎観音として信仰を集めた。寛保3年(1743)の『奥州南部糠部巡礼次第全』には、本尊を聖観世音菩薩とし、普賢院が別当寺を務めていたことが記されている。南部藩の崇敬も受け、八太郎浜まで神輿を渡す「神輿の旅」には3,000人余りが集まったと伝えられる。
貞観年間(859~877)には、熊野権現の申し子と伝えられる南祖丸が七崎永福寺で学び、後に南祖坊と名乗って諸国を巡り、十和田湖へ入ったと伝えられる。七崎山徳楽寺と七崎永福寺の周辺には修験者の坊が置かれ、江戸時代まで修験道の拠点となった。境内には籠り堂が残されている。
明治元年(1868)の神仏分離により七崎山徳楽寺の観音堂は廃され、伊弉册命を祭神とする七崎神社となった。七崎聖観音菩薩像などは別当寺であった宝照山普賢院へ移され、現在も糠部三十三観音第15番札所の本尊として安置されている。
境内には神門、拝殿、神輿堂、籠り堂が建ち、杉の巨木が立ち並ぶ。藤原諸江が北斗七星の形に7本の杉を植えたという伝承と、承安年間(1171~1175)に僧行海が7本の杉を植えたという伝承が残る。現在は大杉1株と鉾杉2株が残り、「七崎神社の大杉・鉾杉」として八戸市指定天然記念物に指定されている。
大杉は樹高約42~45m、胸高周囲は最大約9.7mに達する。祭事は旧暦正月7日のおこもり、5月7日の祈年祭・春季例祭、9月7日の例祭・夏季例祭、11月23日の新嘗祭などが執り行われている。
  • 郷社
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/