有名度
十両武甕槌神社
たけみかづちじんじゃ
青森県つがる市木造越水神山20
青森県つがる市木造越水神山20

かんたんご利益
- 仕事
- 勝負
武甕槌神社には
「仕事系」「勝負系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
必勝祈願 五穀豊穣 国家守護
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「鹿島系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
武甕槌神社は青森県つがる市に鎮座する神社。御祭神は武甕槌神、経津主神、大己貴命、少彦名命の4柱をまつる。
社格は旧村社。
創建年代には複数の記録がある。安政2年(1855年)の『神社書上帳』では、延宝4年(1676年)に毘沙門堂として創立されたとされ、村の安全と五穀豊穣を祈願して建立されたと伝えられる。
また、元文年間(1736~1741年)の記録には、観音堂と毘沙門堂について「宮建有之工藤備後抱」とあり、両堂とも工藤備後が祭司を務めていたと考えられている。
明治3年(1870年)の神仏分離により毘沙門堂は鹿島神社へ改称した。さらに、明治6年(1873年)には吹原村の天満宮へ合祭されたが、翌明治7年(1874年)に復社し、武甕槌神社へ改称した。明治8年(1875年)には村社へ列せられた。
社格は旧村社。
創建年代には複数の記録がある。安政2年(1855年)の『神社書上帳』では、延宝4年(1676年)に毘沙門堂として創立されたとされ、村の安全と五穀豊穣を祈願して建立されたと伝えられる。
また、元文年間(1736~1741年)の記録には、観音堂と毘沙門堂について「宮建有之工藤備後抱」とあり、両堂とも工藤備後が祭司を務めていたと考えられている。
明治3年(1870年)の神仏分離により毘沙門堂は鹿島神社へ改称した。さらに、明治6年(1873年)には吹原村の天満宮へ合祭されたが、翌明治7年(1874年)に復社し、武甕槌神社へ改称した。明治8年(1875年)には村社へ列せられた。
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神社詳細
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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