有名度
十両川上神社
かわかみじんじゃ
北海道川上郡標茶町川上7丁目1番地
北海道川上郡標茶町川上7丁目1番地

かんたんご利益
- 健康
- 仕事
- 子供
- 家庭
川上神社には
「健康系」「仕事系」「子供系」「家庭系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
商売繁盛 子孫繁栄 病気平癒 家内安全
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「開拓三神系」
です。他に 「伊勢・神明系」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
川上神社は北海道川上郡標茶町に鎮座する神社。御祭神は大國魂神、大己貴神、少彦名神、天照大御神、豊受大神の5柱をまつる。
標茶には当初、佐野孫右衛門の漁場番屋があるのみであったが、明治18年(1885年)9月に川上郡熊牛村へ釧路集治監が設置され、跡佐登硫黄山から原鉱を運搬する鉄道も敷設された。これにより鉱物や旅客、貨物の輸送が始まり、人口の増加とともに市街地が形成されたことから、明治21年(1888年)8月に住民が神社の創立を決定し、社を建立した。明治24年(1891年)には、総代の島田清兵衛が官幣小社札幌神社から神霊を迎え、社殿を造営して奉斎するとともに、例祭日を8月15日と定め、川上郡の総鎮守とした。明治31年(1898年)に無格社となり、昭和10年(1935年)には社殿を改築して村社へ列せられた。翌昭和11年(1936年)には神饌幣帛料供進神社に指定されている。さらに、昭和27年(1952年)には元軍馬補充部根室支部内へ仮遷座されていた七報神社の神霊を合祀し、相馬神社を境内社とした。昭和31年(1956年)には磯分内神社も境内神社となり、現在に至っている。社殿は流造である。
標茶には当初、佐野孫右衛門の漁場番屋があるのみであったが、明治18年(1885年)9月に川上郡熊牛村へ釧路集治監が設置され、跡佐登硫黄山から原鉱を運搬する鉄道も敷設された。これにより鉱物や旅客、貨物の輸送が始まり、人口の増加とともに市街地が形成されたことから、明治21年(1888年)8月に住民が神社の創立を決定し、社を建立した。明治24年(1891年)には、総代の島田清兵衛が官幣小社札幌神社から神霊を迎え、社殿を造営して奉斎するとともに、例祭日を8月15日と定め、川上郡の総鎮守とした。明治31年(1898年)に無格社となり、昭和10年(1935年)には社殿を改築して村社へ列せられた。翌昭和11年(1936年)には神饌幣帛料供進神社に指定されている。さらに、昭和27年(1952年)には元軍馬補充部根室支部内へ仮遷座されていた七報神社の神霊を合祀し、相馬神社を境内社とした。昭和31年(1956年)には磯分内神社も境内神社となり、現在に至っている。社殿は流造である。
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神社詳細
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出典
北海道神社庁
https://hokkaidojinjacho.jp/
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