大国御魂神 神社の神様 - 神社ファン

大国御魂神

おおくにみたまのかみ

  • 神話・伝説
  • 男神・男性
大国御魂神/倭大国魂神

玉蘭斎貞秀(神佛図會)

祭神ランキング106位

大国御魂神とは?

大国御魂神は古事記に登場する男神。大國御魂神などとも表記される。大年神と伊怒比売の間に生まれた五柱の第一御子神で、兄弟には韓神、曾富理神、白日神、聖神がいる。父の大年神は年穀や農耕に深くかかわる神であり、大国御魂神も国土や土地の豊穣を司る神として信仰されてきた。
古事記では、大年神と伊怒比売の間に大国御魂神を筆頭とする五柱の神が生まれたことが記されるが、大国御魂神自身の具体的な神話や事績は語られていない。神名の「国魂」は、国や土地に宿る神霊・霊威を意味すると考えられ、大国御魂神についても国土そのものの生命力や、その土地を守護する神格を表したものとする説がある。
兄弟神の韓神や曾富理神の神名は朝鮮半島との関係を想起させることから、大国御魂神を含む五柱の神々について、古代に大陸や朝鮮半島から伝えられた農耕文化や渡来系氏族との関係を指摘する説もある。大国御魂神を日本の国土に対応する神とみて、韓神など外来の地域を表す神々と対になる存在として位置づけられたとする見方もある。ただし、古事記にはこうした由来が直接記されているわけではなく、神名や五柱の構成から導かれた後世の解釈である。
また、オオクニヌシは古くから国土の開拓や経営を担う神として信仰され、その神格から大国魂神と呼ばれることがある。国や土地の霊威を神格化した国魂信仰との共通性から、大国御魂神をオオクニヌシと同一神とする説や、オオクニヌシの荒魂などとみる説も生まれた。一方、日本書紀に登場し大和国の国魂としてまつられる倭大国魂神とも同一視されることがあるが、古事記の大国御魂神には大年神と伊怒比売の御子という明確な系譜があり、日本書紀の倭大国魂神にはこの系譜が記されていない。このため、両神を別の神とする見方もある。
大国御魂神は各地で土地や国土を守護する神としてまつられ、地域によってはオオクニヌシや国魂神などと重ねて信仰されている。国土守護、地域守護、五穀豊穣、農業守護、産業発展、開運招福などのご利益があるとされる。

エピソード

天照大神とともに宮中を離れた倭大国魂神
天照大神とともに宮中を離れた倭大国魂神
『日本書紀』によれば、崇神天皇の時代まで、倭大国魂神は天照大神とともに天皇の宮殿内で祀られていた。二柱の神はともに神威が強く、崇神天皇は宮中でともに祀り続けることを畏れた。そこで天照大神を皇女の豊鍬入姫命に託し、倭の笠縫邑《かさぬいむら》で祀らせる一方、倭大国魂神は皇女の渟名城入姫命に託して宮外で祀らせることにした。
しかし、渟名城入姫命は髪が抜け、身体も痩せ細り、倭大国魂神を祀ることができなかったと記されている。『日本書紀』にはその原因が記されておらず、倭大国魂神の祟りであったのか、祭祀を担う者の問題であったのかなどは明らかではない。この時点では、倭大国魂神を宮中から移して新たに祀る試みはうまくいかなかったのである。
この逸話で注目されるのは、倭大国魂神が天照大神と並んで宮中に祀られていたことである。皇祖神である天照大神に対し、倭大国魂神は大和の国土そのものに宿る国魂と考えられる。二柱を宮中から分けて祀ったことは、その後、天照大神と倭大国魂神がそれぞれ独自の祭祀へと展開していく重要な転機となった。倭大国魂神の祭祀は、のちに大和国造の祖である市磯長尾市へ託され、現在の大和神社へとつながっていく。

出典・参考:『日本書紀』崇神天皇六年条、國學院大學「神道・神社史料集成 大和坐大国魂神社」、奈良県観光公式サイト「あをによし なら旅ネット 大和神社」



大和国造の祖が祭主となった倭大国魂神
崇神天皇の時代には疫病が流行し、多くの民が命を落とすなど国内の混乱が続いた。崇神天皇が神々を祀って神意を求めるなか、大物主神については大田田根子を祭主とするよう神託が下された。一方、倭大国魂神についても、大水口宿禰らが同じ夢を見て、市磯長尾市《いちしのながおち》を祭主として祀るよう神託を受けたと『日本書紀』は伝えている。
市磯長尾市は、大和国造の祖とされる人物である。崇神天皇は神託に従い、大田田根子を大物主神の祭主とし、市磯長尾市を倭大国魂神の祭主とした。さらに八十万の群神を祀ると、疫病はようやく鎮まり、国内は平穏となり、五穀も豊かに実るようになったという。
倭大国魂神は、それ以前に皇女の渟名城入姫命へ祭祀を託されたものの、渟名城入姫命は身体が衰えて祀ることができなかった。それに対し、大和国造の祖である市磯長尾市が祭主となることで祭祀が整えられたことになる。この伝承は、大和の国魂である倭大国魂神と、大和国造との深い祭祀関係を示す重要な物語である。市磯長尾市による祭祀は、現在の大和神社に伝わる倭大国魂神信仰の起源を考えるうえでも重要な伝承となっている。

出典・参考:『日本書紀』崇神天皇七年八月・十一月条、國學院大學「神道・神社史料集成 大和坐大国魂神社」、天理市観光協会「大和神社」



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出典文献

古事記

ご神徳

ご神徳は不明です。

別称・異称

大国御魂神

おおくにみたまのかみ

古事記/先代旧事本紀

同一とされる神様

大国主  

関連する神様

倭大国魂神 

祀られている主な神社

北海道神宮
(北海道中央区宮ケ丘474番地)
大國魂神社
(東京都府中市宮町3-1)
大和神社
(奈良県天理市新泉町306)
帯廣神社
(北海道帯広市東3条南2丁目1番地)
飯玉神社
(群馬県伊勢崎市堀口町472番地)