豊玉姫神社 鹿児島県 - 神社ファン

有名度

前頭

豊玉姫神社

とよたまひめじんじゃ

鹿児島県南九州市知覧町郡16510-壱

鹿児島県南九州市知覧町郡16510-壱

拝殿

Sakoppi(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 子供
  • 安全
  • 家庭
豊玉姫神社には

「仕事系」「子供系」「安全系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

安産 航海安全 大漁

御祭神

主祭神

豊玉姫命 とよたまひめのみこと
彦火々出見命 ひこほほでみのみこと
豊玉彦命 とよたまひこのみこと
玉依姫命 たまよりひめのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
他に 「不明(3柱)」 「ワタツミ系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

豊玉姫神社は鹿児島県南九州市に鎮座する神社。御祭神は豊玉姫命、彦火々出見命、豊玉彦命、玉依姫命の4柱をまつる。
社格は旧県社。
豊玉姫神社の創建年代は明らかでない。社伝では、海神・豊玉毘古命の2人の娘である豊玉姫命と玉依姫命が衣の都を出発し、鬢水峠、御化粧水、飯野、宮入松を経て取違に宿泊したと伝えられる。
翌朝、玉依姫命は川辺が水田に富むことを知り、玄米のまま朝食を炊いて先に川辺へ向かった。一方、豊玉姫命は白米を炊いていたため出発が遅れ、知覧へ向かったという。豊玉姫命は上都の城山の麓に宮居を定め、知覧の民生を撫育した後に崩御したと伝えられる
郷民は豊玉姫命の御遺徳を慕い、城山、後の亀甲城の麓に社殿を建立したと伝えられる。その後、父神の豊玉毘古命、夫神の日子火々出見命、妹神の玉依姫命を合祀した。
元亨4年、1324年には開聞神社の支配下に入り、開聞社領9町7反を有する開聞中宮大明神と称した。至徳4年、1387年には中宮三所大明神、慶長15年、1610年には中宮大明神と称した記録が残る。
天正年間には火災に遭い、慶長15年、1610年に知覧領主・島津忠充が現在地を寄進し、社殿は約1.5km西から現在地へ遷座したと伝えられる。応永年間、元亀年間、慶長15年、寛文11年には造替や再興が行われた。
慶応4年、1868年に中宮神社へ改称し、明治3年、1870年に現在の豊玉姫神社へ改称した。昭和16年、1941年10月1日に県社へ列した。
本殿は入母屋造である。境内には領主直筆の書額、火焔形剣、木彫狛犬、神楽面などの社宝が伝わる。神楽面は34面あり、田の神舞、宮毘舞、鬼神舞、降神舞などの神舞も継承されている。
毎年7月9日の六月灯では、水車の力で動く「薩摩の水からくり」が奉納される。神社前の用水路に設けられた水車で人形が動き、一場の芝居を演じるもので、国の選択無形民俗文化財に選択されている。
  • 県社
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 入母屋造

神紋

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出典
公式サイト
http://toyotamahime-jinja.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E7%8E%89%E5%A7%AB%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%8D%97%E4%B9%9D%E5%B7%9E%E5%B8%82)
鹿児島県神社庁
https://www.kagojinjacho.or.jp/