福良天満宮 - 神社ファン

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福良天満宮

ふくらてんまんぐう

大分県臼杵市大字福良352

😞 🙁 😐 🙂 😄

大分県臼杵市大字福良352

拝殿

Hhaithait(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 学業
  • 厄除
福良天満宮には

「仕事系」「学業・技芸系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

学問の神 文化の神 人生の神 厄除の神

御祭神

菅原道真公 すがわらみちざねこう

神社系統

この神社の主な系統は

天満・天神系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

福良天満宮は大分県臼杵市に鎮座する神社。御祭神は菅原道真公の1柱をまつる。
福良天満宮の由緒は、菅原道真公が延喜3年(903)に太宰府で薨去した後、菅原家の一氏族が周防国大畠を領して大畠姓を称したことに始まる。この一族は代々守護していた天神像を伝え、天正年間(1573~1592)に豊臣氏の全国征伐を避けて豊後国海部郡福良荘へ勧請したと伝えられる。
慶長初期(1596~1615)、円誉上人は平清水に龍原寺、福良村小野路に称名寺を開いた。称名寺には菅原神が安置され、後の福良天満宮につながる寺院となった。
慶長13年(1608)、臼杵藩2代藩主・稲葉典通が鷹狩を行った際、愛鷹が行方不明となった。典通は鎮南山麓に祀られていた菅原神に祈願し、その後、鷹は福良丘の松へ戻ったと伝えられる。典通は宮地を宮畠へ移して呼鷹殿を称名寺内に建立し、完成後に現在地へ遷した。菅原姓大畠氏善知が住職として祭祀を執り行った。
第7世の大畠氏智岸は真言宗に改宗し、仁和寺から寺号を受けて菅生院を称した。その後、菅勝院天満寺、梅林山天満寺、瑞光院天満寺へと寺号を改めた。稲葉一鉄以来の歴代臼杵藩主は菅原道真公を崇敬し、奉納額や宝物を奉納したと伝えられる。
明治元年(1868)の神仏分離により天満神社となり、住職は三重町内山へ移った。神職は高見家、鶴峰家、菊川家、雄嶋家へ受け継がれ、昭和に入って現在の福良天満宮へ改称された。
現在の本殿は明治28年(1895)に改築されたものである。平成7年(1995)には社殿の大改修と境内整備が実施され、平成14年(2002)には菅公1100年大祭にあわせて神楽殿と社務所の新築、第二期境内整備が行われた。同年10月25日から27日にかけて1100年大祭が斎行された。
境内には招霊赤猫社が鎮座する。臼杵では明治時代初期から福良平清水地区に由来する「赤ねこ」の名が伝わり、大塚幸兵衛をはじめとする臼杵商人を指す呼び名とされる。現在も赤猫にちなんだ御守や御朱印が授与されている。
年間を通して、毎月1日の「ついたち福まいり」をはじめ、初天神祭、春祭、赤猫まつり、夏季例大祭、新嘗祭、納め天神、大祓・除夜祭などが執り行われる。夏季例大祭では岩戸神楽や獅子舞、日本舞踊、太鼓競演などが奉納され、多くの参拝者で賑わう。
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

摂社 瑜伽神社
天手力男神
あめのたぢからをのかみ
白太夫神
しらだゆうのかみ
末社 愛宕神社
保食大神
うけもちのおほかみ
火産霊大神
ほむすひのおほかみ
末社 招霊赤猫社
大塚幸兵衛氏
臼杵商人の御霊
ご縁ある稲荷神社の御神札

例祭

ついたち福まいり 毎月1日
元旦祭(歳旦) 1月1日
初天神祭 2月25日
春祭(菜種祭) 3月25日
赤猫まつり 5月上旬
大祓 6月30日
夏季例大祭(夏まつり) 7月23日~25日
例祭 10月25日
七五三祭 11月15日
新嘗祭 11月23日
納め天神 12月25日
大祓・除夜祭 12月31日

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://www.fukuragu.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E8%89%AF%E5%A4%A9%E6%BA%80%E5%AE%AE