有名度
前頭志自岐羽黒神社
しじきはぐろじんじゃ
長崎県南松浦郡新上五島町岩瀬浦郷703-9
長崎県南松浦郡新上五島町岩瀬浦郷703-9

Goldend1979(wikipedia CC0)
かんたんご利益
- 厄除
志自岐羽黒神社には
「厄除・開運系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
開運招福 人生守護
御祭神
神社系統
他に 「天満・天神系」
「不明(1柱)」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
志自岐羽黒神社は長崎県南松浦郡新上五島町に鎮座する神社。御祭神は倉稲玉命、十城別王命、菅原道真、天穂日大神の4柱をまつる。
社格は旧郷社。
志自岐羽黒神社の創建年代は明らかではない。古くは羽黒権現宮と称し、社殿棟札や社記には貞享元年(1684年)9月に再建立されたことが記されている。
元禄元年(1688年)には、五島藩主の祈願社として建立されたとの記録が伝わる。岩瀬浦は、福江島から奈留島、岩瀬浦、平島を経て本土へ向かう参勤交代の航路上に位置していたため、五島藩の歴代藩主は江戸への往復の際に参詣し、海上安穏を祈願した。また、参詣の際には神楽舞が奉納され、神社には藩主による願文も数通残されている。
文久4年(1864年)には社殿の改築が行われた。この工事は藩費によって賄われ、五島藩の寺社奉行や代官が現地に赴いて工事を担当した。
明治3年(1870年)に社号を志自岐羽黒神社へ改め、翌明治4年(1871年)には村社に列した。さらに明治43年(1910年)6月25日には、尾崎神社、稲荷神社、恵比須神社、立岩神社、羽黒神社を合祀した。なお、尾崎神社は後年、旧鎮座地に複祀されている。
その後、大正3年(1914年)5月5日に神饌幣帛料供進神社に指定され、大正11年(1922年)9月12日には郷社へ昇格した。現在も例祭は毎年10月9日に執り行われている。
社格は旧郷社。
志自岐羽黒神社の創建年代は明らかではない。古くは羽黒権現宮と称し、社殿棟札や社記には貞享元年(1684年)9月に再建立されたことが記されている。
元禄元年(1688年)には、五島藩主の祈願社として建立されたとの記録が伝わる。岩瀬浦は、福江島から奈留島、岩瀬浦、平島を経て本土へ向かう参勤交代の航路上に位置していたため、五島藩の歴代藩主は江戸への往復の際に参詣し、海上安穏を祈願した。また、参詣の際には神楽舞が奉納され、神社には藩主による願文も数通残されている。
文久4年(1864年)には社殿の改築が行われた。この工事は藩費によって賄われ、五島藩の寺社奉行や代官が現地に赴いて工事を担当した。
明治3年(1870年)に社号を志自岐羽黒神社へ改め、翌明治4年(1871年)には村社に列した。さらに明治43年(1910年)6月25日には、尾崎神社、稲荷神社、恵比須神社、立岩神社、羽黒神社を合祀した。なお、尾崎神社は後年、旧鎮座地に複祀されている。
その後、大正3年(1914年)5月5日に神饌幣帛料供進神社に指定され、大正11年(1922年)9月12日には郷社へ昇格した。現在も例祭は毎年10月9日に執り行われている。
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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%97%E8%87%AA%E5%B2%90%E7%BE%BD%E9%BB%92%E7%A5%9E%E7%A4%BE
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%97%E8%87%AA%E5%B2%90%E7%BE%BD%E9%BB%92%E7%A5%9E%E7%A4%BE
